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 生徒会の執行役員の中でも、決して花形とはいえない地味な役職が会計係。

 会計係自身の中でもその存在は地味らしく、せっかく人が約束を取り付け、資料をまとめて訪ねて来たのに、すっぽかされそうになった。約束をほぼ完璧に忘れ去っていたらしい。


「いやー、すまない」


 3年で受験生でもあり、中間テストを控えてもいるから、色々と忙しいの分かる。にしても、忘れられれば、こっちとしても腹が立つ。

 いつまでたっても来ない会計係に内心イライラしていた俺に気付いて、たまたま生徒会室に来ていた副会長が連絡を取ってくれるまで、会計係の桜庭先輩は自習室として開放している空き教室にいたらしい。




「お、随分と丁寧にまとめたな。仕事が速くて助かるよ。他のところはまだろくに動いてもないだろ?」

「ま、暇っすからね」


 せいぜいきつくならないように、穏やかに答えたつもり。顔だってにこやかだ。


「君ら2人でやったの?」


 桜庭先輩は俺の隣にひっそりと座っている柚菜と見比べるようにして言った。


 ええ、と答えかけ、桜庭先輩が言ってるのは資料まとめのことじゃなくて、在庫チェックのことだと気付いて、言い直した。


「いや、美……梅澤先輩も一緒でしたよ」

「へぇ、あの梅澤がねぇ」


 桜庭先輩が目を丸くした。よほど意外だったみたいだ。そりゃそうだろうな。


「先代の管理がいい加減だったから、大変だったろ?」

「そりゃもう」

「いつか片付けなきゃなーって会長とも話してたんだけどさ、なかなか時間がなくてね」


 やる気がだろ、と思った。けど、もちろん口には出さない。にこやかな表情をキープして黙ったままだ。


「とりあえず、クラスごとの申請が来たら新規購入分の配分決めて行くけど、予算枠はある程度決まってるんだ。その中でうまく切り盛りしてってくれるかな」

「枠内でさばくって事ですね?」

「そう。足りなくなったら言ってくれ、と言いたいとこだけどな。この前、テニス部が全国行ったおかげで予備費が無くなってるんだよな」

「ってことは、後出しであれこれ準備してって言われたとしても、その時点で予算使い切ってたらそこでアウト、と」

「そう言うことだね」


 こりゃまた面倒な話だ。


 俺たちの仕事は生徒会としてクラスごとの出し物用に準備している備品を貸し出したり、管理すること。

 貸し出すために、何が必要なのかを申請してもらわないといけないけど、どうせギリギリになって『あれがない、これがない』となるに決まっている。

 プロとしてやっていて、直前になって『機材がない』『材料がない』などとほざいていたら、叱られるどころか首が危うくなる。バイト先の人々を見ていれば、段取りが大事だってことは嫌でもわかる。

 でも、高校生にそこまで望めないだろう。別に大人ぶったり偉そうに考えたりしているんじゃない。俺も木嶋さんたちの下でバイトなんかしてなきゃ、段取りの『だ』の字も理解出来て無かったと思うし。


「じゃあ、早めにクラス担当に取りまとめてもらって、あとは上手くケチってやって行くしかないですかね」

「そうするしかないだろうな」

「今あるもので何とか工夫してやってもらうのが原則ってことですか?」

「そうなってくるだろうな」

「で、その工夫も、一緒に考えるんですね」

「思いつくんならそれもやってあげないとだな」

「備品に関係してることはこっちで独自に判断していいんですか?」

「というと?」

「例えば板とかだったら切ったり、貼ったり、ペイントしたり、ここまでは自由に使ってもいいかな、とか」

「ああ、任せる。一応報告だけはしといてくれよ」

「となると……最終的なリストの更新と、あと必要なら報告書か始末書の提出ってところで手を打ってもらえますか?」

「それだけしてもらえれば完璧だよ。お金を使う場面できっちり領収書もらって、ついでに収支報告もつけてもらえればいうこと無しだね」

「出金簿みたいのって、あります?」

「あるよ。生徒会のPCに入ってるから、後でプリントアウトして渡しとく。領収書用の袋も準備しとくよ」


 桜庭先輩がやる気のない生徒会の一員とは信じられないくらい話せる人でちょっとびっくりした。


 どうやら、この先輩、実家が町工場を経営しているらしい。商売している姿をずっと身近に見てきたから、生徒会程度の仕事なら、苦も無くこなせるという。


 この間、柚菜はというと、一言も喋ることなく、俺たちのぽんぽん進んで行く会話をひたすらメモっていた。一字一句逃さず、とまでは行かないのは当然だけど、かなり上手く要点をまとめている。成績はいい奴だけど、なるほど、ノートとるのも上手いんだろうなと思わせる。

 先輩も柚菜も頼れる仕事仲間になりそうだった。


 想像してた以上に話がスムーズに運んで、俺もかなり嬉しかったらしく、テンションが上がっているのが自覚できた。

 この時点で約束をすっぽかされていたことなんか、頭から消えてしまっていた。


「テストが終われば、会長やら他の連中も、だんだんその気になっていくと思うんだ。……僕達みたいな立場の役目は、あいつらが本気で仕事始めるまでに、舞台を整えておくことだと思うんだよ」


 桜庭先輩が言う。


「誰かがきっちり段取りしておかないと、上手くいかないだろ? でもそれが出来るのって、高校生じゃ限られるだろうしさ」


 俺が感じていたことをそのまま言葉にしてくれたから、この言葉も嬉しかった。


「僕は人を引っ張って行くような力はないし、主役になるタイプでもない。脇役としてしっかり主役になれる連中を支えて、結果として楽しい文化祭になれば、それが最高って思うんだ」


 線の細い先輩はそう言って笑った。高校生とは思えないほどの肩の力が抜けた大人の微笑だった。






 話が終わって、別れ際、先輩が俺に言葉をかけてくれた。


「佐藤くん、文化祭が終わったら生徒会改選があるけどさ、僕らの後を継いでみなよ。君みたいなのがいないと、来期の生徒会が心配でしょうがないんだ」


 多分、これはものすごい褒め言葉なんだろうと思う。だけど俺には曖昧な微笑みを返すことしか出来なかった。





■筆者メッセージ
スマホを変えたせい、かかなり使い難い……今まで使ってた言葉も予測変換にないし……

さて、今回初登場した桜庭先輩。今後もなかなかの重要な人物となります。個人的には今回みたいな会話文マシマシな感じは好きなんですよね。人によっては分かれると思いますが……


阿賀佐汰奈さん
ありがとうございます。今年もお願いします。これに関してはかなり長くなりそうです。他の2作はそうでもないですけどね。そこはタイトル通りですよ、『あの娘』と『先輩』。もしかしたら、あの娘はまだ出てないかも知れませんね……。そこはお楽しみに、と言っておきましょうか。
希乃咲穏仙 ( 2022/01/06(木) 15:06 )