18
朝から降り出した雨は昼休みになっても上がらず、小さな雨粒が根気よく地面を濡らし続けていた。
昼休みに体育館で汗だくになってバスケをするなんて青春の一コマとは縁が無い俺は文化祭の準備が本格的に始まる前に訪れる最大の障害。中間試験の勉強なんかをしていた。
家にいるとまず勉強なんぞしない。だから、せめて学校にいる間にどうにかしよう。そんな、ささやかな足掻きだ。
ガリ勉に見られるのが嫌で絶対に学校で勉強しない。なんて根性も無いし、バイトで週末を潰していることは教室の誰もが知っているらしいから、むしろ憐れみの目で見られたりもする。
「休み時間中に出来る勉強なんてたかが知れてるんだからさ、諦めろよー」
「うっせーな」
茶化して来る光を軽くかわす。うっかり赤点なんぞ取ってしまうと、バイトの許可が下りなくなってしまうから、これでも必死なんだよ勤労学生とやらは。
国語系の学科は得意だし、詰め込みの記憶でどうにかなる科目は一夜漬けの山掛けでどうにかするにしても、数学や英語は多少積み重ねないと危うい。
弁当をかき込んだあと、4限目の数学のノートをまとめ、例題を解こうと無い頭を必死で絞っていると、声がかかった。
「マサ、お客さん」
視線を上げると光が立っていて、教室後ろの扉を指していた。そのまま顔ごと目をずらすと、長い黒髪と眼鏡だけで似顔絵が描けそうな女子が俺の方をじっと見ていた。
柚菜?
光は冷やかすこともなく、すぐに離れていた。多分、柚菜が生徒会支給のファイルを持っていたからだろう。
同じ待ち姿でも、相手が美波さんなら大騒ぎになるんだろうな、などと思いながら、俺は愛しの数学の問題を泣く泣く捨て、立ち上がった。
俺が近付いてくるのを見ると、柚菜が扉から離れていった。
ついてこい。ってことか。
柚菜の行動をそう解釈し、後をついて歩いた。
廊下の隅、階段近くの窓際に立った柚菜は改めて前に立つ俺を見た。と言っても視線は合わせてくれない。相変わらずだけどね。
それならどこを見てるかというと、俺のブレザーの上ボタンあたり。
ま、体の向きすら俺から離していた頃と比べれば、ここ何日かでずいぶん距離は縮まったものだ。そう思わないと哀しくなってくる。
「どうした? 仕事で間違いでもあった?」
できるだけ柔らかく話しかけてみる。妹が聞いたら『きっしょっ』とでも吐き捨て逃げ出すような声。猫なで声ってやつのかも知れない。
柚菜は無言のまま首を横に振った。切り揃えた前髪まで揺れているから、結構強めの否定だ。
「あんまやると眼鏡飛ぶぞ」
思わず軽口が出てしまった。
しまった、と俺が思う間もなく、柚菜は『そんなわけないじゃない』という目で一瞬俺と視線を合わせ、すぐにまた俯いた。
やりにくい嬢ちゃんだぜ、まったく。
「今日は特に柚菜に任す仕事は無いよ。会計係のとこに顔出して、新しい備品の購入枠とか打ち合わせるだけだから」
どうせ柚菜の用事なんて限られているわけで、先回りしてしまうことにした。
俺が伝えると柚菜は小さく頷いて、意を決したように顔を上げた。