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この時の俺は、なんとなく早く2人から離れたい。そんな気持ちでいっぱいだった。
いつまでも一緒にいたい。とか、どっちかといい雰囲気になれたら、なんて感じは一切無かった。
実のところ。女慣れもしていなければ、まして相手が無敵美人の美波さんに、密やかな人気の美少女の柚菜と来れば、俺が相手できるのも仕事だからだ。
用が無くなったら、正直、一緒にいるのはかなりのプレッシャー。
自意識過剰なだけなんだろうし、失礼かも知れないけど、とにかく、その場から離れたかった。
そう、俺は逃げ出した。
ヘタレでチキンな自分自身を守るために。
だから職員室で生徒会室周辺の部屋の鍵束を返し、使用簿に名前を書き込んで、先生といくつか言葉を交わし、『まっすぐ帰れよ』と解放され、生徒昇降口で靴を履き替え、外に出た時、俺を待っていたらしき人影に声をかけられて、本気で驚いた。
「うおおおおお」
実際にこんな場面でこんな声を出すやつがいるとは思ってもいなかったけど、いるんだよな、ここにさ。
「うわあっ」
叫ばれた方も驚いていた。
照明も消されてしまった昇降口の暗がりに、背の高い女子がひとり立っていた。
「なんだよ、ビビんだろっ」
人影の正体は美波さんだった。
「いや、ビビったのはこっちですよ。んなところからいきなり声かけられたら」
「こんないい女に声かけられてビビるって、あり得ねーよ。失礼過ぎんだろ」
「暗闇からいきなり声かけられてビビんない方がおかしいですって」
「ちっ、このビビりのヘタレめ」
「えぇ、俺はビビりのヘタレですよ」
「うわ、認めやがった。根性無いな」
「世間の隅っこで静かに暮らしていくのが夢のちっちゃい男なんすよ、俺は」
「どこがちっちゃいんだよ、ガテン系のくせに」
ちょっと喋っているうちにどちらも落ち着いてきて、毒の吐き合いになってきた。
つい最近までは想像もしなかった。まさか、この人と言い合いが出来るようになるなんてのは。
「……どうしたんですか、さっきまで小指で押しただけでぶっ倒れそうだった人が」
「こき使われて疲労困憊の可哀想な美女を、誰かが送りたいなあって思ってるんじゃないかなと思ってさ」
「へぇ、そんな奇特な奴がこの学校にいるんですかねぇ?」
「いないの?」
あり得ないことに、美波さんが俺を見上げるようにして首をかしげている。
恐ろしく可愛らしい。
この中途半端な暗さの中、この人の周囲だけ淡く輝いている錯覚すら起きる。