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休日の俺は真面目な勤労学生なわけだ。会社が暇な時はバイトの俺なんかいてもかえって邪魔になる。だから、呼ばれもしないで休みになる。でも秋になると工事関係は忙しいようで、土日祝日は入れるだけ入って欲しい、と頼まれていた。
肉体的にはかなりきつかったけど、慣れってのは怖いもんで、毎週末にボロ雑巾になっても、次の週末には『さ、こっから今週の本番だ』みたいな妙な気合が入るようになっていた。
その分、学校が疎かになりがちで、月曜なんかは本気でサボろうかと何度も思った。
サボらず遅刻寸前でもどうにか通っていたのは、親や教師に何か言われるのが嫌と言う小心さからで、学業が学生の本分だとか立派な考えがあったわけじゃない。
自転車で10分も漕げば着いてしまうところに学校があれば、それほど通学も苦にならない。
それはともかく、例の無駄会合があった翌日の土曜日。天気も回復し残暑の名残のように蒸し暑い感じになったその日、俺は隣街にいた。
現場は片側2車線の国道の横にある小さな道。側道と言うらしいけど、その側道と国道の歩道との間にある細くて掘ったままの水路をコンクリート製の水路に直す工事。
生い茂ったやけに背が高い雑草をかき分けながら、高さを測ったり幅を測ったりしたのは夏休みのこと。今では水路はすっかりコンクリート製に変わり、今日はそこに蓋をかける仕事だった。
現場監督は木嶋さん。俺は完全に木嶋さんチームの一員で朝の7時半過ぎに会社に着くと、何の指示がなくても機材を車に積み込んで、後部座席の荷物に埋もれるようになりながら乗り込むのが当たり前になっていた。
社員の人や作業員のじいさんたちに『進路の心配だけはねーな』とか言われる始末。
俺も一応は進学したいんですけどね。
「冗談抜きにさ、卒業したらうち来いよ」
会社で営業を担当している社長の息子さんについ最近そう言われたりもしている。
「工業高校じゃないんで資格取れないっすよ」
そう返すも。
「んなもん勉強すりゃ誰でも取れるから」
ときたもんだ。
土木業界はどこも厳しいはずなんだけど、使える人間はやっぱり確保しておきたい。特に若手で使えそうな人間は減ってきているから、今のうちにつば付けときたい、というのが息子さんの考えらしい。
「若の言ってること。真に受けんなよ」
作業中に木嶋さんが言った。
「マー坊、大学行きたいんだろ?」
「ええ、ま、行ければですけどね」
「行っとけ行っとけ。俺らみたいに頭悪い奴じゃどうにもなんないけど、お前は頭いいんだ。親父さんだって大学入ったらすげえ喜ぶぜ」
「はぁ……」
木嶋さんはもともと地元じゃ有名な不良だったけど、今じゃ俺のことをこんな風に考えてくれる気のいい兄貴分みたいな人。
「勉強の邪魔になるんなら、こんなバイトすぐに辞めちまっていいんだからな。まず自分のこと考えろよ、マー坊。お前、人がいいから頼まれると断れねえだろ? それが心配なんだよな」
木嶋さんの言葉を聞きながら作業を続けていた。
昼前、俺は自動的に仕事から外される。使えないからとかじゃない。単に使いっ走りをするためにだ。
現場が車を使わないと買い物もできない場所だったら話は別だけど、今日はすぐ近くにコンビニがある。そうなると俺の出番ってわけ。
お茶やら弁当やら雑誌やらの注文をメモって、お金を預かって、コンビニに走り出す。
コンビニに入ると外の蒸し暑さが嘘のように涼しい。もう10月にも入ろうって時期にこれだけ暑いとコンビニの涼しさが改めて天国に感じられる。
カゴを持ってさっさとメモに書かれたものを集めてしまうと、自分の分も選ぶ。
から揚げ弁当とトンカツ弁当のどっちにとしようか迷っていると、隣でサンドイッチを手に取った背の高い女性と目が合った。
「あ……」
私服で帽子を被っていたから、とっさにはわからなかった。でも顔を見てわかった。
梅澤先輩だった。
うちの学校一の有名人で高嶺の花の象徴。そして、少しばかり怖い人。
ピンクのチェックのウェスタンシャツと黒のキャミソール。ミニのデニムスカートにスウェードのブーツという格好。細いネックレスを重ねがけし、胸元できらきら光っている。
「あっ」
先輩も俺の顔を見て声を上げた。