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退屈この上ない会合が終わると、俺はなんとなく柴田さんと一緒になった。いや、なんとなくってのは違うか。
柴田さんと俺は実行委員の仕事の割り振りで同じ仕事の担当になった。各クラスで開かれる企画物の管理担当。
責任者は2人いる副会長のうちの1人で、伝統的に1人は3年生から、もう1人は2年生から選ばれる。その副会長のうち、2年の先輩の方が言わば俺たちのボス。
その人を中心に話を進めていくのだけど、今日は顔見せだけだった。あの無駄会合が長すぎたからだろう。正直、授業を6限した後であの会合はしんどかった。その上、担当者会議までやるなんて言い出したら、多分、怒るか無言で帰ってたと思う。
席が隣で仕事も一緒になったから、その流れで俺は柴田さんと一緒に歩いていた。
校内は部活終わりの生徒たちがウロウロしていて、それほど寂しい様子でもなかった。俺たちは肩を並べるようにして、自分たちの教室に向かって歩いた。なにしろクラスが隣だから、向かう方向は一緒。
「クラスの企画管理って言ったってさ、企画を審査するのは執行部だし、予算の管理は会計係。俺ら、別にやることなさそうだよね」
ちんたら歩きながら、プリントを眺めて会合中に思ったことを言ってみた。
「雑用係、でしょうか?」
柴田さんが小さく首をかしげながら言った。
「あー、ありそう」
多分、そういうことだろう。各クラスへの資材の貸し出しやその管理は基本的には自分たちでやることにはなっている。でも、その書類を作ったり、チェックしたりする人間は必要。そういう意味での管理だったら別に構わない。けど、それだけじゃ終わらないだろう。
「どうせ自分らで管理するなんて約束、どこも守んないだろうし。結局、俺らが全部やった方が早い。みたいな感じになりそう」
だとすると、書類作りはさっさと済ませてしまわないと、後で必要になってから、なんて考えていたら追いつかなくなりそうだ。
「各クラスの企画が出揃う前に書類作って、使い方の簡単なマニュアルも作っちゃって配付して、ついでに自分たち用のチェックリストもいるかなー」
俺は考えている事をそのまま口に出しながら歩いた。俺が喋ってないと、柴田さんはきっと一言も喋らない。そういうのって、なんか気まずいもんな。
「資材リストは去年のがあるけど、数とかチェックしなきゃいけないし、その辺もちゃちゃっと終わらせないと、後が怖そうだね」
もうすぐ柴田さんの教室。その奥が俺の教室。
「新規購入分の予算配分なんかはどうなってるんだろうね? 会計係と相談かな。その辺も確認しとかないとな」
柴田さんの教室の扉がすぐ横に来た。もうこれで今日はお別れだと思ったから、俺はここでようやく柴田さんを見て、そんじゃ今日はお疲れ、と挨拶でもしようと思った。
振り返ると柴田さんは顔を上げて俺を見ていた。整ってはいるけれど表情に乏しそうな顔が微妙に変わっていた。
「……どうかした?」
思わず俺が焦ると柴田さんはさっと視線を外して俯いた。
「……ううん、すごいなあ、って思っただけです」
「なにが?」
すごいことをしてしまった自覚は無い。
「仕事、できる人なんだなって」
「いやいや、まだ始まってないのに、わかんないでしょ」
「いえ、始める前からそうやって先が読めるの、すごいと思います」
柴田さんは聞き取れる限界の小声で言った。
「あー」
そういうことね、と納得した。
「バイト先でさ、こうやって仕事の先の先を考えてる人がいるんだよ」
オヤジの友達でバイト先の社員、木嶋さんのことを考えた。
土木工事の監督は段取り8割だとよく言う。事前の段取りがきちんと出来ていれば、仕事は8割方成功したようなものって意味らしい。
「後で苦労するのが嫌なら、とかいう問題じゃなくてさ、仕事してて、段取りが上手くいかなくて失敗したら、他人に迷惑が掛かっちゃうでしょ? 金だって無駄に出て行くし、工事現場なんかだと下手すりゃ死人だって出る」
だから、仕事に責任を持つ人間は始まる前にきちんと手順を考え、準備して、仮に問題が起こってもすぐに対応出来るようにしてないといけない。
そんなことを木嶋さんはたかが高校生の俺によく話してくれる。ちょっとうざい話なのも事実だけどさ。
2人で廊下の端に並んで立ったまま、俺たちは話し続けた。
「……でも、自分で選んだ仕事じゃないですよね、実行委員も、クラスの管理担当も」
柴田さんはプリントを挟んだルーズリーフを抱くようにして持ち、まだ俯いたまま話している。
「なのにちゃんと仕事のこと考えてる」
「うーん」
それってすごいことだったのか、とちょっと感心した。それが当然だと思っていた。とか言うとかっこつけているで少し恥ずかしくもなるけど、そういう環境にいるから仕方ない気もする。
「ま、確かにそうだけどさ、実行委員だって断ろうと思えば断れたんだし。それをしなかったんだから、やることはやんないとね。それに……」
俺は一度言葉を区切った。多分、この先が一番本音に近い。
「誰かに言われて動くだけって、嫌いなんだよね。大人に囲まれて仕事してるとさ、せいぜい年が一つ二つ違うだけの高校生のガキごときに使われるの、なんかむかつくしね」
そう言って笑うと、柴田さんはびっくりしたように俺を見た。
「……そういう物の見方もあるんですね」
不思議な感想を漏らすと柴田さんはまた俯いた。
「バイトしてるの、すごいですよね」
さらに呟いた。
「すごい……のかな?」
単にしがらみなんかもできちゃったせいで、辞めにくくなってるだけなんだけどね、実際は。