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定刻前には会議室はほぼ満員となっていた。人数分の席しか準備していないらしい。
俺の右隣は柴田さん、通路を挟んで左隣は空席。
そろそろかな、という感じで、ひな壇の生徒会長たちが動きかけた時、空席の左隣に遅刻寸前のタイミングで人が現れた。
何となくそっちに視線を移す。
俯き加減で動いた視線の先に、まず短いスカートから伸びる白くて細い足が飛び込んだ。ちょっと驚きながら、目を上へ移す。
学校指定の制服を微妙に着崩し、その上にノースリーブのパーカーを羽織ったその姿は俺とは別世界の人種。俗に言うギャル系と呼ばれる人種だ。ハデなブレスレットとリングが住む世界の違いを見せつけている。
他人をじろじろ見る趣味はないし、俺はそこで視線を逸らした。
それに、それが誰だか顔を見なくてもわかった。校内で知らないの人のいないほどの有名な人だ。
2年の梅澤美波さん。
美形で、派手で、社会人の彼氏持ちで、友人関係も華麗で、度々教師と衝突しても、成績は優秀だから学校側もあまり強くいえない、という無敵な人。
ここまで世界が違うと、たとえば俺みたいなモブ男子は憧れの感情すら持たない。まさに異次元の人。遠くから鑑賞することはあっても、同じ空気を吸っている人間という実感は持てない。
当然、口を利いた事もない。そもそも声を聞いた記憶が無い。
それに顔を見なくても、ろくに知らないはずの俺ですら雰囲気でわかってしまうこの存在感。
スターとかカリスマとかって、こういう人のことを指すだろうな、なんてぼんやりと考えた。
会合が始まったが生徒会長たちはあまり気合が入っていない感じに見えた。
文化祭が事実上、最後の仕事になる今期の執行部のはずなのにだ。学校行事が盛んなのに、生徒会は活気が足りないというのが俺の感想。生徒会の顧問をしているクラスの担任もいつだったか嘆いていた。
『自分たちの生徒会なのに、どうしてこうもやる気がないのかねぇ』
そんなことを1年の俺たちに言われても、とその時は思った。だけど、実際の生徒会を見ると担任の言葉通りだと言わざるをえない。
文化祭の仕事はプリントにあるチェックシートやタイムテーブルで把握できるから、この会合は来た時点で終わっているようなものだった。ダラダラと説明をしている執行部の面々をぼんやり見ていてもつまらない。
むしろ、この人たちのやる気の無さと、それでも運営できている生徒会について考える方が面白かった。
そんな事でも考えていないと、隣の柴田さんがやっぱり俺なんかが横にいたら居心地悪いだろうなあ、とか、逆隣にいる梅澤先輩はやっぱ俺の事なんか虫けらくらいにしか見えてないんだろうなあ、とかネガティブなことしか頭に浮かんでこない。
それもこの無駄な会合のせいだ。
配付したプリントを執行部の面々が順に読み上げていくだけ。特別なコメントが入るわけでもなく、声も小さくて後ろにいるとよく聞こえない。
集まっている人数は一学年が8クラスの計24クラス。そこからクラス委員2人のうちどちらかと文化祭実行委員が1人で、計48人プラス執行部10人ほど、と言いたいところだけど、うちのクラスはクラス委員2人がどちらも手が離せなかったということで俺だけが出席、そんなクラスがいくつかあってか総勢は約50人くらい。
これだけの人数を集めておいて、これはなんだろうか。誰かが意見を言うわけでもなく、時々ひそひそと私語が目立つくらいで、異様な盛り下がりぶりを見せる。
最後列に近い席から見回すと、誰もが、自分が文化祭を背負っているんだ、という覚悟を担った背中じゃない。どう見てもお客様。
バイト先の、例えば木嶋さんたちが見せてくれる、自分が仕事をするんだという責任感を漂わせた背中とは比べものにならない。そりゃ社会人と高校生のガキを比べるのは違うにしてもだ。
俺自身もやる気なんか欠片もない。それにしたって、中心となるべき執行部まであの覇気の無さってのは、やばいんじゃなかろうか。
なんて思っていたら、両隣で同時にため息が聞こえた。右の柴田さんはひっそりと、左の先輩はわざとらしいほど大きく。
その大きいため息に引っ張られて、左に注意を向けてみると、先輩は貧乏揺すりこそしないものの、この退屈な会議に明らかに苛立っていた。
爆発はしないだろうけど、警戒が必要だった。同じ机で並んでいる逆隣の人、ご愁傷様。通路を挟んでいるこの偶然に感謝しよう。
それから右に注意を向けてみると、柴田さんは頬杖をついてタイムテーブルのプリントに落書きをしていた。何を書いているのかと目だけを動かして覗いてみると、やけに上手いアンパンマンとその隣にしょくぱんまん。
アンパンマンが途中ってことは、先にしょくぱんまんを描いたということ。
うん。落書きに選ぶ題材が絶妙なら、書く順番も絶妙、しかもあの尋常じゃない画力。
そんな柴田さんの一面を知れただけでもこの無意味な会合に来た意味を見出だせた気がした。