共犯
冷めた珈琲を啜り、足を組む俺。
大分と落ち着いては来たが、未だ保乃の腹の中が読めずにいた。
「……で、『計画に協力したい』とは、どういう意味なのかしら?」
俺は最初の保乃の言葉の『意味』を質問する。
「……何故、お嬢様が『黒崎健吾』を殺した『通り魔』を見つけ出そうとしているのかは分りませんが……」
やはりそこまでは勘付いているのか。
きっと保乃は『関有美子』と『黒崎健吾』が、例えば将来を約束した恋仲だったとか、そういう事を連想していたに違い無い。
そして、愛する人を何者かに殺された『関有美子』が『犯人』を自ら見つけ出し『報復』しようとしている。
多分ここまで考えが及んでの行動なのだろう。
「……森様を『毒殺』されたのは……お嬢様ですね?」
核心を突く保乃。
もうこのメイドには隠し通せないようだ。
「……何故、分ったの?」
昨日、森の部屋に入った所は誰にも目撃されていない。
もしや……森の部屋に食事を運んだ際に、森が余計な事を喋ったのだろうか?
「……はい。……昨晩、森様のお部屋にお食事を運んだ際なのですが……。お部屋に入った瞬間に、お嬢様が先程までこの部屋に居たという確信を致しましたので……」
「入った瞬間に……?」
森が俺の事を漏らしたのでは無いのか?
「……はい。お嬢様が普段から御使用されている、その『香水』で御座います」
「あ……」
俺は慌てて手首の匂いを嗅ぐ。
本当に注意して嗅がなければ分らないほどの弱い香水。
「……普段から利用されている本人からすれば、鼻が慣れてしまって香りに気づく事は少ないそうなのですが……他者からすれば……特に同じ女性からすれば、部屋に入った瞬間の残り香で気付いてしまうものなのです」
……やられた。
俺は転生するまで香水の類は一切使用した事が無かった。
しかし、財閥の令嬢として転生したからには身なりや匂いまでも気にしなくてはならない。
まさかそれで足が付く事になるとは。
ここまで来てしまうと、まだ他にもボロボロとミスが浮き彫りになるかも知れない。
今一度『計画』を練り直さなければ、『報復』にどんな支障をきたす事か。
「……何故『殺人まで犯したのか』……その理由をお教え頂く必要は御座いません」
「え……?」
保乃の言っていることが分らない。
どう殺害理由で誤魔化そうか考えていた俺は意外な答えに声を失ってしまう。
「……一番最初に申し上げた通り……私はお嬢様の『計画』のお手伝いをさせて頂きたいのです」
保乃は俺の目をじっと見つめる。
その表情は全く変化が無い。
「それは……私の復讐計画の共犯としての申し出。そう受け止めても良いのかしら?」
「……はい。その通りでございます……」
一体何を考えている?
俺を今後一生強請るつもりなのだろうか?
そんな事でいつ自分が殺されるかも分らないのに?
目的はなんだ?
金か?
それとも関有美子に恨みでもあったか?
これを契機と捕らえ、関有美子に一生の恩を売り続け支配でもするつもりか?
「……目的は?」
「お嬢様の計画が達成される事で御座います」
「そうじゃないわ! 貴女の目的よ! わざわざ『殺人の共犯』なんて―――!」
そこまで言い口を噤む俺。
誰が何処でこの話を聞いているか分らない。
そのあたりも踏まえ、保乃は管理人室に俺を招いた。
何故だか二歩も三歩も『先』を読まれている気がするのは考え過ぎだろうか……?
俺は寒気にも似た感覚を味わう。
「……私は物心付いた時から関家で働かせて頂いておりました」
ぽつり、と保乃が呟く。
「身寄りも無く、孤児院にいた私を、お嬢様のお母上様……麗佳様に拾って頂いたのが始まりで御座います」
関麗佳。
関有美子がまだ小さかった頃に病気で無くなったと聞かされた。
生前に孤児院に赴き、田村保乃を引き取っていた?
「……恩返し、という訳ね……」
俺は珈琲を飲み干し言った。
「その通りで御座います。……お嬢様はまだお記憶がお戻りになられていないので覚えていらっしゃらないとは思いますが……。私は奥様や旦那様、そしてお嬢様に養われなければ、ここまで生きる事さえも叶わなかった身なのです」
それが共犯の申し出の理由。
確かに過去の記憶の無い俺にはその経緯を知らなくて当然なのだが……。
しかし、相手はこの田村保乃だ。
この話自体が『嘘』という可能性もある。
今すぐここで父に連絡し、確認する事も出来ない。
……里奈なら少しは事情を知っているだろうか?
保乃も俺が事実確認の為に里奈に過去の話を聞く事も計算済みなのだろう。
ならば今、保乃の話した内容は真実だと言う事。
保乃が、俺の計画の右腕となる……?
もし仮にそうだとしたら。
俺の報復の達成が一気に現実味を帯びてきた事になる。
なるほど、利用するのも悪くないな。