失敗
105のプレートが掲げられている部屋の鍵を開け、保乃は俺を招き入れた。
他の部屋同様、前回視察に来た時もこの部屋の構造は隅々まで調べてある。
多少他の部屋よりも小さめに設計されている105号室。
ここも客室の一部ではあるが、構造上作りが小さいため、基本的には管理人室として使用されているようだった。
「取り敢えずお寛ぎ下さい……私は珈琲を用意します……」
そう言って保乃は奥のキッチンへと向かった。
俺は言われた通りソファに腰を掛け、そして思考する。
(このタイミングで部屋に呼んだという事は……何か気付かれたか……?)
俺はスカートの下に隠し持っているナイフの感触を確認した。
太ももにベルトで固定されてある簡易ナイフ。
しかし、急所を突けば人一人を死に至らしめる事も可能な、良く手入れされているナイフ。
(……いや、ダメか。この部屋に入る所を理佐が振り返って見ててな)
小さく舌打ちをし、ナイフを引き抜く事はせず、そのまま保乃の後姿を注意深く眺める事にした。
しばらくして、珈琲と茶菓子を盆に乗せ、保乃はリビングへと戻って来た。
「……有難う、保乃」
いつもの様に珈琲を受け取りテーブルに置き、冷えるまで待つ。
保乃は俺のその動作をじっと見つめている。
「どうしたのかしら? 保乃」
何かおかしいだろうか?
「いえ……」
そして、そのまま押し黙る保乃。
「……保乃?」
「……はい」
「何か、私に話があったのでは?」
「……はい」
「……」
保乃は立ち尽くしたまま何も話そうとしない。
そして、ゆっくりと時間を取った後、その重い口を開いた。
「……お嬢様。私もお嬢様の『計画』に協力させて頂けませんでしょうか?」
しんと静まり返る部屋。
保乃は真っ直ぐに、いつもの無表情で俺の顔を真っ直ぐに見下ろしている。
トクン、トクンと心臓の音がやけに大きく聞こえる。
俺は無意識にナイフの感触を確かめていた。
「……何の事を言っているのかさっぱりだわ……」
心臓の鼓動が早くなってるのが分かる。
「この洋館へと、あの8名を招待するように命ぜられたのはお嬢様で御座います」
ぽつり、ぽつりと、俺を追い詰めるように話していく保乃から目を逸らせない。
「……ええ。確かにその通りだけど……」
ナイフを固定しているベルトのボタンを外す。
「勝手ながら……彼らに招待状を送らせて頂く際、彼ら8名の『関連性』を調べさせて頂きました」
「!」
こいつ……。
「そうしたら、一つだけ『関連性』を見つけ出す事が出来ました」
「……」
気付いたのか。
なら何故、何も言わずに奴らをここまで連れて来た?
こうやって俺を脅す為か?
「……聞かせて……貰おうかしら……?」
「……」
保乃は押し黙ったままこちらを見下ろしている。
まるで『必要でしょうか?』と言わんばかりの目付きだ。
いや……今は冷静な判断が出来ていない。
保乃はいつも通りの無表情で、冷静な目で、俺を見ている。
俺はナイフから手を離し、一度大きくため息を吐く。
「はぁ……、いいわ。……私の負けね……」
「お嬢様……」
「いつから気付いていたの?」
「……はっきりと気付いていた訳では御座いません。が……お嬢様が選別した8名のうち4名。あのセレソの社員が推し進めているプロジェクトが最初の引っかかりの部分で御座いました……」
プロジェクト?
まさか…
もちろんそれも危惧していた部分ではあったが。
まさか当たりだったとは
「……はい。彼らが推し進めていたプロジェクトのスポンサー企業の一つ。その企業の筆頭株主が、我が関財閥の主、周造様で御座いましたので……」
(くそっ)
スポンサーの企業名と社長、幹部の名前は全て暗記はしていた。
しかし、その企業の筆頭株主までは意識が行き届いていなかった。
これは明らかな俺の計画ミス。
「そのプロジェクトリーダーの『黒崎健吾』様という方が通り魔殺人に遭った事は我々の財閥の中でも周知の事実で御座いました。そして、そのプロジェクトの主要メンバー3名と、その直属の上司……それに……」
そこから先は言わなくても分かる。
第一発見者の新人議員候補、近くの居酒屋に犯行時刻前後にいた2人の客。
それに里奈は元々保乃とは顔見知り。
これら8名全員が、黒崎健吾と通り魔殺人とに関わっている可能性の高いメンバーだと、すぐに気付いたのだろう。
そして保乃の目を見つめた俺の心は。
今後の計画にかなりの変更を余儀なくされる事に、内心穏やかでは無かった。