希求
洋館を出て湖畔に向かう。
昨日の涼しさが嘘の様に今日は鬱陶しい程の日差しが降り注いでいる。
これでは森の遺体を放置していたら2、3日したら腐敗臭が広がり大変な事になっていただろう。
しかし俺は当然『冷氷庫』の存在は事前に調べてあった。
あの非常時に保乃が冷氷庫の存在を思い出す事も計算済みだ。
(大丈夫。計画は順調だ)
この残り6日間だけ、俺の犯行だとばれなければ良い。
そこから先はまたその時に考えれば良い。
俺は自分にそう言い聞かせながら船着場までの獣道を歩く。
船着場に到着すると、すぐに理佐の姿を確認出来た。
俺は草場の陰から様子を伺う。
「……黒崎君」
理佐は一人呟くように俺の名前を口にした。
「……ごめんね……本当に、ごめん……」
謝っている?
「……だから……だからさ……。もう……許して?……お願い……」
許す?
何を?
いまいちこの距離では上手く聞こえない。
そう思い更に前に歩み出たのが不味かった。
パキンと小枝を踏み折る音が響いた。
「誰っ!?」
当然、その音は理佐にも聞こえてしまい、観念した俺は姿を見せた。
「す、すみません……! 驚かせてしまって!」
驚いた様な演技をして頭を下げ、あたふたと慌てふためきながらも理佐の傍に歩み寄る。
「なんだ……松平さんか……脅かさないでよ」
理佐は安堵の溜息を吐きながらも笑顔を俺に向ける。
(……警戒は……されていないみたいだな)
やはりこの女の容姿は使える。
こんな可憐な美女が何かを企んでいるとは誰も思わないのだろう。
「ほ、本当に御免なさいっ! 田村さんから、渡邊さんがここにいると伺って……」
「田村さんに? ……確かに船着場に行って来るとは声を掛けておいたけど……何か私に用があるの?」
きょとん、とした表情の理佐。
「あ……いえ……、その……森さんが『あんな事』になって……落ち込んでいらっしゃるのでは無いかと思って……」
俺のその偽りの言葉に笑みを返す理佐。
「ふふ……。心配してくれたんだ。有難う。……でもそういう事は意中の男性にしてあげた方が良いわよ? 貴女凄くモテそうだし」
「そ……そんな事は無いです。もう……渡邊さんの意地悪……」
そして二人で笑い出す。
しかし、俺は心で理佐がボロを出すのを今か今かと待ち望んでいる。
さっきのは『俺を殺してしまった事』に対する謝罪の言葉だったのでは無いか?
もしかしたら俺の『怨念』が森を呪い殺したとか考えているのかもしれない。
だとしたらどうなる?
俺は一つの可能性を見出す。
―――渡邊理佐は森勇作と『共犯』だったのでは無いか?
船着場で小一時間ほど理佐と会話し、共に洋館へと戻った俺は、自分の部屋に戻る途中で保乃に呼び止められた。
「……少々、宜しいでしょうか……松平様……」
相変わらずの無表情。
「……どうかしましたか? 田村さん……?」
保乃はじっと俺の目を見つめたまま無言になる。
(なんだ? こいつはたまにこういう目で俺を見るよな……)
「いえ……出来れば私の自室の方に来て頂きたいのですが……宜しいでしょうか?」
保乃は俺から全く目を逸らす事無く見つめ続けている。
なんだろう……目力とでも言うのだろうか。
言葉遣いは非常に丁寧なのにも関わらず、一切の『拒否権』を与えないような、そんな空気を感じる。
「え、ええ……別に……大丈夫ですけれど……」
「有難う御座います……。それではこちらへ……」
保乃は踵を返し前を歩く。
俺は途中まで昇っていた中央階段を引き返し、保乃の後に付いて行くことにした。