言葉
一時間ほどたっぷりと夜風に当たりながら守屋と談笑した俺は洋館へと戻った。
勿論ただ普通に話をしていただけでは無い。
一つ一つの言葉に矛盾は無いか。
それとなく『あの日』の話を振ったりしながら『犯人』しか知りえないような情報を漏らしたりはしないか。
しかし、何もそれらしい情報を得る事も無いまま守屋との会話は終了した。
(……やはり『犯人』は森で決まりなのだろうか……)
決まりも何も、奴はあと数時間の命。
少なくとも明日の朝までには死んでいるのだろう。
俺が森を殺すと決意した奴の言葉……。
『幸いニュースでは取り上げられなかった』
森のこのたった一言が俺の導火線に火を付けてしまった。
たったそれだけ。
それだけの事なのだが、俺は込み上げる殺意を抑えられなかったのだ。
そもそも何が『幸い』なのだろうか。
人が一人殺されたのだ。しかも自分の部下が。鈍器で何度も何度も頭蓋骨を割られ。
それを『幸いにも』などと表現する事自体、許せなかった。
冷静に考えてみれば新聞記事に企業名が出なかった事は『幸い』になるのかも知れない。
そして話している相手は遺族でもなければ何の関係もないただの女子大生。
森からしてみれば気に入らない部下が殺された事に対し、さして思い入れなど無くても別段変な事でも何でも無い筈なのだ。
いや、もしかしたら、本当は良心の呵責に悩まされているのかも知れない。
だからこそ塞ぎ込み、気分が優れていないのかも知れない。
しかし、だとしても、だ。
そんな状況で森はこの『松平璃子』に色目を使っていた。
あわよくば『ヤレる』とかも考えていたに違い無い。
そしてその『松平璃子』の中身が俺だと気付かずに『幸いにも』なんて言葉を使ってしまった。
(……しかし……俺はこんなにも『沸点の低い』人間だったか?)
今までだって散々森とやりあってきた筈だ。
その都度『脳内』では森の事をズタズタに引き裂いてやったのは確かだ。
しかし、本当に毒を盛って殺そうとか、ナイフで後ろから刺し殺そうなどとは考えた事も無かった筈。
そんな事を実際に行動に起こしてしまってはどういう事になるかくらい当然理解している。
(一体俺は今までどうやってこの感情を『発散』して来たんだろうな……)
酒か?
風俗か?
それともより仕事に打ち込むことか?
何かしっくりと来ない気がする。
そんな事を考えながら中央階段を一番上まで上り切った頃、左奥の通路から二人の男の大きな声が聞こえて来た。
俺は何が起きているのかを直感し、そちらの方へと歩を進める。
「……あの……どうかなされましたか?」
プレートに【208】と書かれた部屋の前で隆司と信太郎がドアに耳を当てている。
「ああ、璃子ちゃんか。いや、これから部長と俺らで軽く仕事の打ち合わせでもしようと思ったんだけど……この通りさ」
信太郎はドアを指差す。
中からはかなり大きないびきの音が響き渡っていた。
「さっき田村さんが食器を下げようとして部長の部屋をノックしたそうなんだけどさあ。返事が無いからドアを開けようとしたら鍵は閉まってるし、このいびきだろ? なんか食事を部屋に運んだときもウイスキーの空き瓶とかが置いてあったそうだし……こりゃ朝まで起きてこないよな……」
隆司はそう言い苦笑を浮かべた。
確かにさっき中央階段を上る途中で保乃とすれ違いはしたが、あれは森の部屋に食器を下げに行く帰りだったのか。
「まあ、部長も疲れてるわな……」
何か意味ありげな視線を信太郎と交わす隆司。
そしてそのまま俺に挨拶をし、部屋へと戻っていく二人。
俺は彼らに挨拶をし、ニヤケそうな顔を必死で押さえ自室へと戻る。