八人
帰りのタクシーを捜している最中、後ろから声を掛けられる。
「あれ〜? こんな所で珍しい! 学校サボって何やってるのよ〜、有美子!!」
軽い突き飛ばしに合う。
「……って! な……なんですか……?」
不意打ちに驚く俺は後ろを振り向き心臓が飛び出そうになった。
「り……里奈っ!?」
目の前には俺の良く知る女が立っていた。
いや、良くは知らないか。
『たった一度』関係を持っただけの女。
「?? ……なんで有美子、急に私の事を『里奈』なんて呼ぶの? いつもは『松田さん』って呼ぶのに……」
俺は突然の事に頭が混乱する。
今の俺は『関有美子』であって『黒崎健吾』では無い。
では何故、里奈は今の『俺』に声を掛けて来る……?
理由は一つしかない。
「あの……里……松田さん……? 申し訳無いのですが……私と貴女のご関係は……?」
「へ?」
里奈が素っ頓狂な声を上げた。
こいつはいつもこんな感じだった。
純粋無垢な女子大生。
しかし、一回きりの情事の際は最も淫らで厭らしい女だった。
だから俺は一気に冷めて里奈を振った。
たった一週間の『恋人同士』。
里奈も笑いながらそう言い、その後は二度と会う事も無かった。
「……あ。そう言えば有美子……。記憶喪失とか何とか言ってたっけ……」
里奈が俺に顔を近付ける。
クリクリとした目が俺の顔に焦点を当てる。
つい心を見透かされているような気がして目を逸らしてしまう。
「……えー、じゃあ、改めて自己紹介〜」
里奈は大袈裟な仕草で喋り出す。
「私は櫻女子大学の二年生を勤めさせて頂いております、松田里奈と申しますです! ……えーと、有美子とは小学校からの腐れ縁? ……てか有美子……? 貴女本当に記憶が……?」
自己紹介を終えた里奈が俺の顔を心配そうに覗き込む。
(里奈が幼馴染……?)
確か里奈からもお嬢様学校に通っているという話は聞いたことはあった。
まさかこんな偶然が起こり得るなんて。
(……でも何故、『こんな場所』に?)
里奈と別れたのはもう半年も前の事。
それ以降は連絡も取っていなければ会っても無い。
何よりもお互いの『合意』の上での別れだったし、最後は里奈も笑っていた。
なのに何故……こいつは『俺のアパートの近く』にうろついているのだろうか。
(……まさかこいつも俺を恨んでいたのか……? そしていつの日か『復讐』を果す為に……?)
疑えばきりが無い。
だがこんな場所で、しかもこのタイミングで、偶然と考えられる程俺の頭は上品には出来ていない。
俺は『松田里奈』を『8人目の容疑者』として頭にインプットした。
里奈と軽くお喋りをした俺は彼女と別れ帰宅していた。
家ではメイド達が忙しそうに仕事に邁進している。
これだけ広い豪邸だ。掃除をするだけでも大変なのだろう。
俺は挨拶を交してくるメイド達を笑顔で労い、自室の奥にある書庫へと向かう。
「……はあ……。やっぱ疲れる……。お嬢様というものに慣れるのも時間が掛かるなこりゃ……」
凝りに凝った肩を解しながらもいつものお気に入りの木のテーブルに着き、落ち着きを取り戻す。
この『関有美子』という娘もこうやって書庫のテーブルで気持ちを落ち着けていたのだろうか。
もしもそうならば『転生』とは、自分と性格や趣味が合うものの場所へと『転生』するものなのかも知れない。
ならば俺が女として転生してしまったのも、たまたま俺の趣味と合う転生先の人間が『関有美子』しか居なかったのかも知れない。
そう根拠の無い考えをしながらも俺はノートとボールペンを手に、現状を書き出す。
【容疑者/容疑理由】
@國枝 隆司/プロジェクトの主導権の奪取?
A渡邊 理佐/プロジェクトの主導権の奪取?
B津田 信太郎/プロジェクトの主導権の奪取?
C森 勇作/議論での論破による逆恨み?
D第一発見者『A』/第一発見者=犯人の可能性?
E居酒屋にいた客(男)/酒に酔い潰れる隙を伺い殺害?
F居酒屋にいた客(女)/酒に酔い潰れる隙を伺い殺害?
G松田 里奈/俺に捨てられた恨み?
一度ボールペンを置く。
「とりあえずは『第一発見者』の身元と、居酒屋に居た客の身元、か……」
俺の独り言がまた、書籍の隙間を通り書庫に響き渡る。
今夜はもう寝て、また明日に備えよう。
残りはあと25日―――