招待
 あれから1週間が経過した。



 タイムリミットまで残り17日。



 しかしここで焦った所でどうしようも無い。



 俺はこの1週間で様々な物を用意していた。



 人を殺すのだ。



 しかも確実に『一発目』で犯人を特定し『報復』出来るとは限らない。



 もしかしたら時間の関係上、『全員』を殺さなくてはいけないのかも知れない。



 タイムリミットは決められている。



 そして確実に『この8名の容疑者の中に犯人がいる』と決まった訳では無いのだ。



 常に最悪の事態を考える。それが俺の考え方だ。



 俺は珈琲を啜りながら一本のナイフを取り出し、刃に映る輝きに目を細める。




 書庫のドアのノック音が聞こえ、俺はナイフを引き出しに仕舞う。



「どうぞ」

「失礼致します」



 保乃が入り口の階段を降り、俺の居る一番奥のテーブルまで近付いて来る。



「例の件、準備が整いました。明日の午後、洋館への客船にお乗り下さいませ」



「そう……。有難う、保乃」



 俺は張り付いた笑顔で保乃に礼を言う。



「……洋館へは私も同行致します。……これは旦那様の御指示ですので……」



 軽く礼をし、踵を返す保乃。



 流石に得体の知れない8名の人間と愛娘である俺を、あの人里離れた洋館に向かわせはしないつもりだろう。



 俺は書庫のドアが閉じるのを確認し、ノートとボールペンを取り出す。



(……それにしても、よく俺の元同僚達や元上司を洋館に招待する事が出来たよなぁ……)



 ノートをペラペラと開きながらも俺は思考する。


 一体どんな手を使い、あの毎日が激務で休みすら取る事の出来ない企業の主要メンバーを一同に集める事が出来たのか。



 まさか父の関連企業が俺が前世で勤めていた会社だったという事は無いだろうか。



 しかし、間違いなく『金』は動いているのだろう。



 そして、立候補したての新人議員候補。



 奴も今は選挙戦の真っ只中だ。



 そんな最中に豪華クルージングで洋館に招待され、接待紛いの事を有名財閥の会長から受けていても大丈夫なのだろうか。



 今回の洋館への8名の『招待』は『関財閥主催』と銘打ってある事は既に聞いている。



 招待の理由は保乃が適当に考えたのだろう。俺は関わっていないので全容は分らない。





 ペラペラと捲ったノートを白紙のページで止め、俺は書き始める。







201X/07/20





●洋館へと向かうのは『容疑者8名全員』と『俺』、そして『田村保乃』の合わせて10名。

●『関財閥主催』と銘打ってある事から俺の『関有美子』という名は伏せなければならない。

●あくまで『招待された一般人』として参加する為に、『関有美子』の正体を知る『松田里奈』には既に協力を要請済み(偽名を使い参加の旨を伝えてある)

●既に事前に洋館の清掃、備品の管理は行われているが、一週間の洋館でのおもてなしは全て『田村保乃』一人で行う事になっている。







 俺はボールペンを置き、冷めた珈琲を啜る。



 そして、もう一度引き出しを開け、先程まで眺めていたナイフを取り出す。



(……本当に殺せるのだろうか……俺が……人殺しなんて……)



 蛍光灯の明かりがナイフを照らす。



 磨き込まれた刃の部分には美しい女性の姿が映る。



(……なのに何故俺はこんなにも落ち着いていられる……?)



 明日から一週間の間に俺は殺人を犯す。



 もしかしたら最終日には全員殺しているのかも知れない。



 その中には保乃も含まれている。



 そして俺は残りの日数全てを掛けて、また最初から『犯人捜し』を始めるのだろう。



 なのに何故、こうまで『躊躇い』が起こらないのだろう。



 当然人など殺した事は無い。



 殺したいと思った連中なら沢山居たが、結局はそう思うだけで実行出来る程の気力も根性も恨みも無い。



 同僚や上司も想像の中ではズタズタにしてやった事は何回もあるが、次の日には大抵落ち着いて接していた。



 あまりにもムシャクシャし過ぎて収まらなければその日の晩は風俗に向かい発散していた。



(……『女』として転生したからか……?『女』という生き物は他者を殺す事に躊躇しないものなのか……?)



 俺は答えの出ない疑問符を脳内に投げかけ続ける。



 『女』として転生して約2週間が経った。



 その中で俺自身の『考え方』も『女寄り』となって来てしまったのだろうか?



 そして『報復』が無事完了し『第二の人生』を『関有美子』として生きる俺は、徐々に『心』までもが女として支配されてゆくのだろうか?



 俺はナイフの先に指先を軽く当てる。



 綺麗な指先から一筋の赤い線が流れ落ちる。



 ドクドクと脈打つ指先。



 滴る血が一滴、白いノートを赤く染め上げる。





 俺はその赤を眺めながら、もう一度明日からの『殺人計画』を入念に練り直す。





希乃咲穏仙 ( 2021/06/21(月) 05:40 )