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「ふうん、これはなかなかいい栞だねぇ」
本を片付けた後、俺は伯父にさっきの栞を見せた。和室でお茶を飲みながら、伯父は興味深そうに栞を眺めている。
「たまにあるんだよね、こういうの」
「そうなんだ?」
「ここに持ってくるような本って、大抵読まれなくなった本だからね。中身なんかちゃんとチェックしないんだろうね」
「なるほど」
「ま、殆どの人は取りに来ないけどね」
「そう言うものなんだ」
そうそう、と頷きながら伯父は俺に栞を返してきた。
「親父の頃なんかは、たまに現金が出て来たらしいよ」
「現金?」
「ほら、へそくりを本に挟んで隠すとか、そんな話聞いたことない?」
「ああ、あるかも」
昔の映画かドラマでそんな場面を見たことがあるような気がする。
「忘れちゃったりするんだろうねぇ」
「どうすんの、それ?」
「昔は今みたいに買取票に電話番号とか書いて貰わなかったらしくてね。連絡の取りようが無かったらしい」
そう言いながら苦笑いを浮かべる伯父。その苦笑いが金の行く先を物語っている。
「ま、それも大事なものなら取りに来るだろうし、とりあえず置いといてよ」
「そうするよ」
俺は栞を受け取って、とりあえずレジと横の文具立ての間に挟んでおいた。
「あ、気になるなら連絡してみても良いよ。買取票に電話番号あったでしょ?」
「ん、俺が?」
「そりゃ、君はここの店員だし、不思議な事はないと思うけど」
そう言いながら伯父は悪戯っ子のように含みのある笑顔を見せた。
「来週になっても来ないようなら連絡するよ」
「割と可愛い子だったね」
「伯父さん!」
(何を言い出すかと思えば、このおっさんは。確かに可愛いとは思ったけど……)
そんな中途半端な状態で荒げた声など伯父の心に響くわけもなく、相変わらず湯呑を持ってにやにやしている。
「若いねぇ。はっはっはっはっ」
わざとらしい高笑いが何とも言えず悔しい。
「そういえば、その花が何か知ってる?」
唐突に変わった話に多少面喰らいつつ、栞に改めて視線を落とした。
「え、桜だろ?」
「それじゃあ、五十点かな」
再度、笑ってから伯父は残りのお茶を飲み干して立ち上がった。
「さてと、仕事の続きでもしようかなぁ」
「あ、ちょっと待ってよ。五十点てどういうこと?」
「少し考えてみなよ。暇潰しにはなると思うよ」
「いや、考えて分かるの?」
「大和、ここは腐っても本屋だよ。分からなかったら調べてみたまえ」
冗談めかしてそう言いながら、伯父は和室を出て行った。
(やれやれ、ああなるとなかなか教えてくれない。調べろって簡単に言ってくれるよな)
そもそも買い取った本を端から置いて行っているだけで、ジャンル分けなんかも一切されていない。どこに置きますか、なんて俺が聞いても、決まって適当に置いといてという答えが飛んでくる。おかげで、どこにどんな本があるのかさっぱり分からない。小さい店なのに意外と本の量も多いから実に混沌としているのだ。
言われた通りに調べようかと思って立ち上がったけど、すぐにうんざりして止めた。また今度にしよう。俺は再び読みかけの本を手にとって開いた。
そして夕方六時。新月堂の本日の営業は終了。入り口のドアに鍵をかけ、カーテンを引く。ショーウィンドウの電気を消したら、とりあえずの作業は終わりだ。
「伯父さ〜ん。終わりましたよ」
「はいはい、お疲れ様でした。夕飯、食べてくだろう?」
「……また」
それは即ち、俺に作れと言っている。一人で食べるより面白いからいいんだけど、男に作ってもらって嬉しいんだろうか。そんな相手を探せばいいのに。
「カレーでいい?」
「ああ、そりゃ助かるよ」
何日か食い繋ぐつもりらしい。
俺は仕事着のエプロンを外し、和室の隣にある台所に入った。腕まくりをし、埃にまみれた手と顔をしっかりと洗う。
「そういえばさ」
台所用のエプロンをつけながら、伯父に話しかけた。伯父はレジの片づけをしている。と言っても、今日は買取が一件あっただけだ。
「ん?」
「今週の土曜、休みを頂いてもいいかな?」
「ああ、もちろん構わないとも。随分急だね」
「さっき友達が来てどうしてもって」
「いいよ、いいよ。楽しんできてよ」
そう言う伯父の声は妙に嬉しそうと言うか安心したような感じだった。俺を店に縛り付けているような気分になっていたんだろうか。ある程度は休みを貰った方が、伯父の心の安心に繋がるのかもしれない。
(変な雇い主だな)
そう思うとつい笑いがこみ上げてきた。
「どうかした?」
「いや、別に」
「そう言えば、大和は来年四回生だよね」
ふと思いついたように伯父が言った。
「そう」
「卒論は書けそう?」
「ま、何とかなるでしょ」
「はは。大和らしい。その後は?」
「その後? 卒業後の進路ってこと? うーん、具体的にはまだ何も……」
「のんびりしてるねぇ。大丈夫かい? 早い子は三回生から見つけてるって聞くよ?」
確かにその通りだ。ちらほらと就職課に入っていく知り合いを見かけたことがある。
「なんか、イメージが湧かないんだよね」
「でも、いつまでもバイトって訳にもいかないだろう?」
「そうだけどさ」
俺はそれ以上何も言えず、伯父もそれ以上何も言わなかった。そして、レジのお金も正確に合っていた。