沙耶香 10
 布団の中で沙耶香は信次からのLINEを受け取った。

 ぼんやりと灯るディスプレイの文字を見つめ、起き上がり部屋を出た。襖を開けてすぐの狭い台所には明りがついていて、椅子に腰かけた母親が煙草を吸っていた。


「……お母さん」


 沙耶香の声に母親が面倒くさそうに振り向いた。沙耶香は小さく息を吸ってから、それを吐き出すように言葉を伝えた。


「お母さんは……どうして私を産んだの?」


 ふうっと短く煙を吐き出し母が答える。


「何言ってんの? 突然」

「ねぇ、答えて? どうして私を産んだの?」


 沙耶香から視線を外し、今度は深く煙を吐いた。ゆらゆらと立ち昇る白い煙を沙耶香は黙って目で追う。


「さぁね、どうしてだろうねぇ……」


 母の声が澱んだ空気にぽっかりと浮かぶ。


「理由なんてないのかも。その時産みたかったから産んだだけさ」

「無責任だね」


 一度笑って母が言う。


「そうだね。ろくに育てもしないくせに……あんたにとってはいい迷惑だったね」


 目の前の灰皿に煙草を押し付け、母は沙耶香の顔を見た。母の視線と沙耶香の視線が重なり合う。

 同じ家に住んでいるのに、いつもこんなに近くにいるのに、こうやって目を合わせて話をすることなんて、今までなかった。



へんなの……

こんなに良く似た母娘なのに




「それでも私は……生まれてきてよかったと思う」



潮くさい風の吹くこの町で

楽しい思い出なんて何ひとつなかったけど……

秀一と繋がりあった一瞬だけでも

信次に抱きしめられた一瞬だけでも

私は幸せだった




「ありがとね。お母さん」

「バカだね。こんな親にありがとうなんて」


 沙耶香から視線を逸らして立ち上がると、母は自分の部屋の襖を閉めた。静まり返った薄暗い台所で、沙耶香はそっと自分のお腹に手を当てる。



理由なんてない

自分が産みたいから産むだけ

それはもしかしたら

とても無責任なことなのかもしれない

だけど今……

今、このお腹の中で

この子は私を必要としている




 玄関の引き戸を開けて外へ出た。坂道をゆっくりと下りながら海を見る。

 蒼白い光を放つ少し欠けた月が、暗い海の上に寂しげに浮かんでいた。



鶉親方 ( 2020/07/09(木) 23:23 )