信次 9
「東京に帰る?」

「あぁ、明日、柚菜とな」


 家族が寝静まった頃、呼び出されて外へ出た信次に誠が言った。


「柚菜って彼女? あ、元カノだっけ?」

「そんなのどっちでもいいよ」


 防波堤の上、中途半端に並んで座る誠がふっと笑う。


 柚菜っていう女の子は信次も見かけたことがあった。小柄でふわふわした髪のなかなか可愛い女の子。


 一週間ほど前に誠を訪ねてこの町に来て、それからずっと鳴瀬のばあちゃんの家に居候している。少し前までの信次のように。


 なぜそんなことになったのか、詳しい事情は知らないけど、きっと家に帰りたくない理由があるのだろう。それは信次も、なんとなくわかった。


「帰るって……彼女を送ったら、また戻ってくるんだろ?」

「どうかな……すぐ戻ってくるかもしれないし、もう戻ってこないかもしれない」

「東京でまた暮らすってことか?」

「自分から出て行くって言ったくせにカッコ悪いけどな。でもこのままじゃ、ダメな気がしてさ……」


 誠が信次から視線を外し、夜空を見上げた。真っ暗な闇の中にぼんやりと光る蒼白い月が一つ。


「正直、自信はないけど……一歩踏み出してみようと思ったわけよ」


 誠の横顔を信次はじっと見つめた。



一歩踏み出すか



 信次は頭の中で誠の言葉を繰り返した。


「ま、一応あんたには挨拶しとこうかと思ってな。あと沙耶香にも、よろしく言っといてくれよ」


 黙って顔を見る信次に誠が笑いかけた。


「何だよ、オレとの別れがそんなに寂しいか?」

「バカ、そんなんじゃねぇ」

「じゃあ、何?」


 誠に聞かれ信次はぼそっと口を開く。


「俺も……あとから行ってもいいか?」

「は?」

「沙耶香を連れて……俺も東京に行く」


 今度は誠が信次の顔をじっと見る番になった。


「約束したんだ。あいつを、沙耶香をこの町から連れ出してやるって」


 ゆっくりと夜空を見上げる。蒼白い月が流れる雲に隠されていった。


「無理……だろ」


 信次の耳に響く、躊躇うような誠の声。


「金はあるのか? 仕事だってないだろ? オレの家には泊まらせてやれないぞ? それに……」

「わかってる。あんたに迷惑かけない」


 誠が黙り込む。おそらく信次の計画が現実的ではないとでも言いたいのだろう。



俺だってそう思う

実際、考えただけで足がすくむ

けど自信なくても

一歩を踏み出すって言ってくれたのは誠、あんただ


 沈黙を破る様に誠が息を吐いた。


「……わかったよ。待っててやる」

「え……」


 暗闇の中で誠の顔を見た。すると肩の力が抜けたように、ふっと誠が信次に笑った。


「なんて顔してんだよ」

「……」

「ま、本当はオレも、めちゃくちゃビビってるんだけどな」


 そう言って信次の背中をぽんっと叩く。


「先に行って待ってるよ。沙耶香のこと、ちゃんと連れて来いよな?」


 闇の中に消えていく誠の背中を見送ってから、この前聞いたばかりの沙耶香の携帯にLINEを送った。

 直接電話で話せなかったのは、やっぱり怖かったからだろう。



来てくれるだろうか?

俺みたいな男と一緒に

本当にこの町を捨ててくれるだろうか?



 スマホをズボンの尻ポケットに突っ込み家に戻る。足音を忍ばせて、軋む廊下を歩きながら、信次はずっと沙耶香のことを考えていた。




■筆者メッセージ
舞台設定としては岡山の寂れた小さな港町。で、誠と柚菜は東京から来た。東京―岡山は新幹線て1万ちょい。飛行機だとそれだけで約4万……高校生が行けなくはないかな?

少し設定が甘かったかなと反省しとります。



奈々紫乃さん
電車と防波堤のシーンですかね。防波堤のシーンは多いんですけど……
あとは、受け手の皆さんに委ねるしかないですね。


また、お願いします。
鶉親方 ( 2020/07/06(月) 23:43 )