誠 9
 誰もいない砂浜を裸足で歩く柚菜の背中を見つめていた。

 沈みかけた太陽に茜色の空と海。柚菜は風に吹かれる髪を片手で押さえながら、打ち寄せる波を避けるように歩いている。

 あの台風で大荒れだった日。たった一人で誠のことを訪ねてきた柚菜はそれからずっとこの町にいる。

 誠の祖母は東京から来た柚菜に一言、両親に連絡だけはしておきなさいと言っただけで、何も聞かず家に泊めている。

 夏休みに入っていた柚菜も、友達の家に泊まっていると親に言ったきり帰ろうとしない。


 朝起きると、柚菜が祖母と一緒に野菜の収穫をしていて、三人で朝ごはんを食べて、一日中柚菜と海を眺める。そんな生活は心地よかったけれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。


「柚菜」


 誠の声に柚菜が振り向く。


「もう一週間もここにいるな」


 柚菜は何も言わないまま、すっと視線をそらす。

 柚菜が東京へ帰ろうとしない理由を誠はなんとなくわかっていた。


「そろそろ家に帰らないと……」

「いや。私、帰らない」


 背中を向けたまま柚菜が言う。


「帰ったらもう二度と、誠くんに会えなくなる」

「そんな、大袈裟な……」

「大袈裟なんかじゃないよ。うちの親は誠くんのこと……すごく……嫌ってるから」



当然だよな

自分のしたことを思えば

柚菜の両親が怒るのもわかる



 誠の父親の病院に乗り込んできたくらいだ。今でもきっと憎んでいるに違いない。

 柚菜がうつむいて黙り込んだ。あたりに騒がしい音はなく、ただ波の音だけが繰り返し耳に聞こえる。


「オレも東京に行くよ」

「え?」


 振り返った柚菜が誠を見る。


「オレも一緒に東京行く。そんで、柚菜の親に謝って認めてもらう」

「認めてもらう?」

「柚菜と、もう一度ちゃんと真剣に付き合うこと」


 柚菜が大きな目を見開いて自分を見ている。


「本気?」

「本気だよ。だから明日、一緒に東京に帰ろう?」


 柚菜は何も言わなかった。きっと無理だと思っているのだろう。彼女の両親を説得して、また二人が付き合えるなんて。

 だけどやるしかないのだ。このまま逃げていても何も始まらない。


「柚菜。もう一度、もう一度だけオレのこと、信じてくれないか?」


 潮風の中、包み込むようにそっと柚菜の手を握る。だけどそんな自分の手がかすかに震えていて、情けなくて笑いたくなった。


「誠くん」


 柚菜が誠の名前を呼んで、手を握り返す。柚菜の手は、初めて繋いだ時と同じように温かい。


「うん。もう一度信じる」


 そう言って柚菜がほんの少し笑顔を見せた。



■筆者メッセージ
とりあえず、先にこちらを仕上げましょうか。あっちはまだまだ序盤ですし。


翔さん
ありがとうございます。三人それぞれの話で一番描きたい部分ってのがあるんですよ。信次に関しては前回がそうなんです。ですので、その御言葉は有難いですね。
ちなみに通帳の件はほぼノンフィクションです。子どもなんて結局はね、どんなにいきがろうと大半は庇護されてる訳ですよ。


また、よろしくお願いします。
鶉親方 ( 2020/07/03(金) 07:46 )