同じ色の空の下で - 3
沙耶香 7
 小さな頃から大事に貯めていたお金を机の引き出しから取り出す。

 そのすぐそばには束になった手紙もある。沙耶香はそれを手に取ってから、もう一度同じ場所にしまった。

 ぎしぎしと響く古い床を歩き、玄関でサンダルを履く。その時すっと襖が開いて下着姿の沙耶香の母親が顔を出した。


「ああ、あんたいたの」


 沙耶香は何も答えず、玄関に脱ぎ捨てられた男物の靴を眺める。



 昨日の夜も母は男を部屋に連れ込んでいた。薄い壁の向こうから、母親の淫らな声を聞くのは気分の良いものではないけど、そんな日常に慣れ切ってしまった自分がいる。


 そして、母親とたいして変わらないことをしている自分には、やはり同じ血が流れているのだと、沙耶香はあきらめたように感じていた。


「……お母さん」


 思わず呟いた沙耶香の声に、母の名前を呼ぶ男の声が重なる。


「何よ?」

「……何でもない」

「おかしな子だね」


 母の視線が沙耶香から離れる。

 自分に背中を向け、去って行く母の姿。目の前で襖が閉まった瞬間、沙耶香は心を決めた。



この人が必要としているのは

私じゃない



 がたついた引き戸を開けて外へ出る。眩しい朝の日差しを受けながら坂道を下ると、海沿いの堤防にもたれて立っている、信次の姿が見えた。


「信……」


 沙耶香の声に信次が顔を上げた。


「何してんの? こんな所で」

「別に」


 ぼそっと呟いて、信次はさりげなく視線を外す。そんな信次の向こうには見慣れた青い海が見える。



こんな何もない場所で

朝から突っ立っている人間なんていない

きっと信次は私を待っていたんだ



「どこ……行くんだよ?」


 沙耶香の姿をちらりと見て信次が言った。


「こんな朝っぱらから、どこ行くんだよ?」


 お金の入ったバッグを握り締める。蒸し暑い潮風が鬱陶しい。

 沙耶香は信次に背中を向け、ぽつりと呟く。


「誠くんに、聞いた?」


 信次は何も言わない。


「聞いたんでしょ? 私が妊娠してること」


 振り返って信次を見た。信次は唇を噛みしめるようにして俯いている。


「秀ちゃんには言わないでね。私、あの家族を壊そうとか、そういうの思ってないから」

「なんで」


 ゆっくりと顔を上げ、信次がこぼす。


「なんでそうやって、自分一人で抱え込むんだよ?」


 顔を上げた信次と一瞬目が合う。


「もっと俺のことも頼れよ。バカ!」


 突然、腕をつかまれた。その力が思ったよりも強く、沙耶香は少し戸惑った。


「……戻ってくるよな?」


 沙耶香の腕をつかんだまま、信次が言う。


「一人でどこか行ったりしないよな?」


 信次の声を聞きながら潮の匂いを嗅ぐ。鼻の奥がつんとして、幼い頃の風景がぼんやりと頭に浮かぶ。


 カタカタとランドセルを鳴らし、追いかけっこするようにこの道を走った。

 二人でブランコに乗って、どちらが高くこげるか競争もした。

 お互い家に帰りたくなくて、なんとなく並んで座って、茜色に染まる海を眺めた。


 信次とのそんな甘酸っぱい思い出を壊したくはなかった。


「……信」


 呟きながら、そっとその手を振りほどく。


「私はもう……昔の私じゃない」


 信次が自分を見ているのがわかる。


「もう信の知ってる私じゃないの」



 秀一とあんなことをしておいて、今さら信次と歩けるわけない。



だったらこのまま

思い出くらいは綺麗なまま



 潮の匂いを吸い込み、息をゆっくりと吐き出す。


「だからもうついてこないで。私なんかにかまわないで」

「沙耶香」


 ぼんやりとした顔つきの信次に背中を向けた。バッグを握った右手がかすかに震える。


「それでも俺、待ってるからな」


 歩き出した足を止め、信次の声を背中に聞く。


「沙耶香が戻ってくるまで……俺、ここでずっと待ってるから」


 その言葉を胸にしまって目を閉じる。そして振り返らないまま、沙耶香は歩き出す。


 きっと信次は見ているだろう。これから罪を犯そうとしている自分の背中を。

 じんわりと熱いものがこみ上げた。だけど振り向いたら決心が鈍りそうで、沙耶香はそのまま駅に向かって歩いた。




■筆者メッセージ
4が現役バリバリなのにもう次世代機が出るとか出ないとか・・・
なんならたまに3も使ってるけどね。4発売が7年前ってのにも驚いてますけど・・・

雑記でした。



赤井きつねさん
今は重暗い感じですかね?でも、高校生なんてそんなもんですよ。きっと。キラキラしたものばかりじゃなくて、陰鬱とした感じも案外リアルなんじゃないでしょうか?

また、お願いします。
鶉親方 ( 2020/05/06(水) 23:51 )