沙耶香 4
特に娯楽もないこの町の人間は、いつだって新しいことに飢えている。
だから東京からやってきた誠が、暇なおばさん連中や、町の女の子たちの噂話のネタになるのは当然のこと。
前の学校を退学させられたという噂も、祖母の家で暮らしているという話も、どことなく謎めいていて、さらに女の子たちの興味を引いた。
つまり誠はこの寂れた田舎町で、良くも悪くも最初から目立っていたのだ。
「沙耶香っ」
いつもの学校の帰り道。そんな誠が沙耶香を呼んで、さりげなく隣に並ぶ。それがどういうわけか、最近の日課になっていた。
「お帰り」
「相変わらず、暇そうだね」
制服姿の沙耶香と、私服姿の誠。高校を辞めたと言っていた誠はアルバイトをするわけでもなく、毎日をぶらぶらと過ごしている。
「ねぇ、なんでいつも私のこと待ってるの?」
「ん、友達いないからな、オレ」
堤防沿いの道を二人で歩く。すれ違った中学生らしき女の子二人組が、振り返って自分たちを見ているのがわかる。
「あのね、私じゃなくても、あんたと友達になりたいって子、そのへんにたくさんいるでしょ?」
「そうか?」
「きっと彼女になりたいって思ってるよ」
「別に彼女なんていらないし」
潮風に前髪を揺らしている誠の横顔をちらりと見る。きっと今まで何人もの女の子と付き合って、何人もの女の子と別れてきたのだろう。
女の子の扱いに慣れている感じは、初めて会った時から気づいていた。
「あ、でも沙耶香とだったら、付き合ってもいいかなぁ?」
いたずらっぽくそう言った誠を沙耶香が横目で睨む。
「馬鹿じゃないの?」
沙耶香の隣で誠が笑う。沙耶香は何も言わずに歩き出す。
沙耶香とだったら付き合ってもいい
そんなこと冗談でも言わないでよ
「沙耶香?」
突然立ち止った沙耶香を、誠が不思議そうに覗き込む。
どうしてだろう
拭っても拭っても
なぜだか涙が止まらない
そしてそんな沙耶香の頭の中で、いつかの信次の言葉が渦を巻く。
――少しは人の気持ちも考えろよ――
わかってる
そんなことわかってる
秀一と身体を重ねる度
私はたくさんの人を傷つけている
心まではいらないのに
ただ一瞬だけ、私を必要として欲しいだけなのに
「ちょっ、泣くなよ」
耳に誠の声が聞こえた。涙が伝わる沙耶香の頬に、誠の指先が触れる。
俯きながら右手を伸ばし、沙耶香はそっと、その指先を握った。
誰でもいい
誰かにすがりつきたい
そうしないと今にも
壊れてしまいそうだったから