信次 5
 畳の上に寝転がり、信次はさっきからずっと天井の染みを見つめていた。

 昨夜は一睡もしなかったのに、なぜか眠気は襲ってこない。ただ体だけが重苦しく、ごろんと寝返りを打つ。



そろそろ、三時間目が始まる頃か



 学校をサボったのは初めてだった。勉強は好きではなかったけれど、学校を無断で休んだことなどなかった。

 だけどやってみれば、それは意外と簡単なことで、罪悪感もたいしてなかった。


 昨日から今日までの数時間で、自分の心の中が空っぽになってしまったみたいに思えた。



何も感じない

何もする気がない

何も考えたくない





「信ちゃん……」


 襖の向こうから声がした。


「ちょっと、開けてもいい?」

「どうぞ」


 信次がいつもよりぶっきらぼうに答えれば、申し訳なさそうな表情の真佑が顔を出した。


「昨日は……ごめんなさい」


 信次の前で真佑が言った。信次はそんな真佑から、視線を逸らしたまま呟く。


「謝るくらいなら、なんであんなやつ庇ったんだよ」


 真佑が黙って俯いた。


 昨晩、あの居酒屋で兄の秀一を初めて殴った。

 ずっと自分の前に立ちはだかっていて、でもずっとずっと憎んでいた、あの最低な男を。

 それなのに真佑は信次を止めた。身重の体を張って、信次が秀一を殴りつけようとしたのを止めた。秀一のことを庇った。


「いいの……私、全部知ってるから」


 俯いたまま真佑が消えそうな声で呟く。


「知ってて……あの人と一緒にいるんだから」

「なんで?」


 信次には全然意味がわからなかった。


「浮気してるんだぞ? 知ってるなら、なんで怒らないんだよ! 真佑さんは悔しくないのかよ!」

「いいのよ。私がそうしたいんだから」


 真佑が顔を上げて、穏やかに、けれど少し寂しそうに微笑んだ。


「私とあの人の付き合いが長いこと、信ちゃんも知ってるよね?」


 もちろん、それは知っていた。真佑もこの町の人間で秀一とは小学生の頃からの幼なじみだった。


「あの人はね、自分勝手でいつも偉そうにしてるけど、本当は臆病で寂しい人なの。みんなに迷惑かけて、自分をかまってもらいたいだけなのよ」



なんだ、それ

いい大人のくせに

駄々をこねる子供と一緒じゃないか



「私はそんなあの人を待つって決めたの。あの人がどこに行こうと、何をしようと……私の所に戻って来るって、信じているから。沖に出て行った船が港に戻ってくるみたいにね」


 真佑がそう言って、ほんの少し微笑む。


 信次は黙って立ち上がった。


「信ちゃん……」

「もういい」


 真佑を残して部屋を出た。



父親も

義姉さんも

沙耶香も

みんなあの男のことを庇う

間違っているのは俺なのか?

悪いのは俺のほうなのか?

わからない

わからない

わからない

もう何も考えたくない




 階段を駆け下り、信次はそのまま家を飛び出した。



 行くあてなんかなかったけど、もう家には帰りたくなかった。



鶉親方 ( 2020/04/07(火) 22:18 )