誠 3
女なんて単純だ



 喜びそうな言葉をかければついてくるし、優しくしてあげればキスだってできる。


 だからさっき、急に泣き出した沙耶香を慰め、抱きしめることくらい簡単にできたはずだった。



けど、そうしなかったのは

なぜだろうか




「お兄さん、いい男だねぇ。これも持っていきなよ」

「……どうも」


 雑貨屋のおばさんにもらった大福を袋の中に押し込んで誠は夕暮れの帰り道をぶらぶらと歩く。


 のんびりと自転車を走らせるおじさん。騒ぎながら自分を追い越していく小学生たち。

 ふと見上げた空にぞくりとするほど真っ赤な夕日が見えた。



――私ね、堕ろしたの。赤ちゃん――



 なぜだか頭に浮かんだ柚菜の言葉。

 誠はポケットからスマホを取り出し、柚菜のページを表示した。そしてそのまま、削除しようとして指を止める。


 消せばすっきりするはずだった。一瞬で終わることなのに、罪悪感のようなものが押し寄せてきて、どうしてもそれが出来ないでいた。柚菜の設定しているアイコンが、いつの日かの二人の屈託のない笑顔が、誠の決意を鈍らせていた。


 小さく息を吐き、ポケットに仕舞い顔を上げると、目の前を歩いてくる男と目が合った。



ああ、こいつは……



 何度か雑貨屋のおばさんに話しかけられている所を見たことがある。



信ちゃんって呼ばれてたやつか



 そんなことを思いながら、すれ違いかけた時、その男がぼそっと呟いた。


「さっき……あいつに何したんだよ?」


 誠は振り返って信次を見る。信次は誠と目を合わせないまま、続けて言う。


「泣いてただろ……あいつ」

「なに? 覗いてたの? 趣味悪いね、あんた」

「覗いてたんじゃない! 勝手に見えたんだ!」


 焦った顔の信次に誠の悪戯心に火が着いてしまった。


「でも、声を掛けずに見てたんだろ? 一緒じゃないか、それ? もしかして好きなのか? 沙耶香のこと」

「そ、そんなこと言ってないだろ!」



本当にわかりやすいやつ



「ま、オレには関係ないけどね」


 そう言って立ち去ろうとした誠の腕を、信次が掴む。


「沙耶香……何で泣いてたんだ?」

「知るかよ」

「あいつが泣くなんて……きっと、よほどのことだ……」

「だから知らないって。勝手に突然泣き出したんだ。何にもしてないさ」


 腕を振り払って信次を見る。信次はそんな誠から、さりげなく視線をそらす。

 二人の間を生ぬるい風が吹き抜けた。誠は黙り込む信次を眺めながら、ほんの少し息を吐く。



オレだって気にならないわけじゃない

目の前であんな風に泣かれたら

あんな風に辛そうに泣かれたら

気になるのは当たり前だろ




「沙耶香はバカだ」


 じっとりとした空気の中、信次のつぶやくような声が浮かぶ。


「バカだ、あいつは……あんな男と付き合うなんて……」


 信次の声を聞きながら誠は考えた。



よそ者のオレは沙耶香のことを知らない

突然声をかけてきたこいつのことも

何にも知らない




 なんとなくじれったくて、見ているともどかしくて、だけど誠は思う。



オレもこの二人みたいに

不器用にかっこ悪く

生きてるんじゃないか






「なぁ、これ、食う?」


 何気なく取り出した大福を信次の前に差し出す。


「いらねぇ。それ、大っ嫌いなんだ」

「あっそ」


 軽く笑って、誠はそれを自分の口に入れる。くどい甘さが口に広がる。


 空を見上げると夕日が山の向こうに沈みかけていて、また少しだけ柚菜のことを思い出していた。



鶉親方 ( 2020/03/21(土) 23:22 )