沙耶香 2
 からりと晴れることの少ないこの町は、梅雨時ということも重なって今日もどんよりと曇っていた。

 ざわざわとした放課後の教室。沙耶香は窓の外を眺めたついでに、窓際の席をちらりと見る。


 いつもの席に一人ぽつんと信次が座っていた。

 秀一の弟である信次。クラスの中でもあまり目立たなくて、何を考えているのかよくわからない。

 昔はもう少し明るくて、一緒に遊んだりしたけれど、最近はめったに口もきかない。



――あいつ、気づいてるぞ――



 秀一の言葉が頭をよぎる。



まさか

そんなこと

あるわけない

信次はもう私のことなんか

興味ないはず



 沙耶香はさりげなく視線を逸らし、学校指定の鞄を肩にかけると一人教室を後にした。


 くすんだ色の海を横目に、堤防沿いの道を歩く。ふと気がついたのは鳴瀬のおばあさんの家。


 鳴瀬のおばあさんは小さい頃からよく知っていた。


 沙耶香が物心ついた頃から、ずっと一人で住んでいて、確か息子は東京で医者をやっているって聞いたことがあった。



 そしてその息子から、東京で一緒に暮らそうと何度も誘われていたけれど、この町から離れたくないって、頑固に断り続けてきたらしい。


 そんなことを思い出していた沙耶香の前に庭から出てきた誠の姿が見えた。


「あ」

「あぁ」


 お互い気がついて顔を見合わせる。

 昨日、防波堤で出会った男の子。おばあさんの孫で東京から来たって言っていた。


 誠は沙耶香の顔を見て、ふっと冷めたような笑顔を見せた。


「あのさ、この町にはコンビニもないわけ? 雑誌も買えないし、暇すぎて死にそう」


 沙耶香の前で無造作に髪をかき上げながら誠が言う。沙耶香そんな誠の姿をぼんやりと見つめる。

 背が高くて、整った顔立ち。テレビに出ている若い俳優にちょっとだけ似ている。

 ジャージなんか着ていても、どことなくオシャレに見えてしまうのは、やっぱり東京の人だからだろうか。


 やがてこの町の女子たちが騒ぎ出すだろう。こんなにカッコイイ男子を彼女たちが放っておくはずはない。


「何でも売ってる雑貨屋ならあるよ」

「何でもって」

「連れて行ってあげようか?」


 誠は少し考えた後、小さく笑って沙耶香に言った。


「ま、暇だから、行ってみるか」





 古臭い田舎町を沙耶香は誠と並んで歩く。


 何人かの顔見知りとすれ違って、何人かの女子が誠のことを振り返った。


「ねぇ、東京から来たって言ってたよね?」


 雑貨屋にお目当ての雑誌はなかったらしく、誠はその代わりにアイスを二つ買って、一つを沙耶香にくれた。


「東京って言っても郊外だ。田舎だよ」

「田舎っていうのはね、ここみたいな場所のことをいうんだよ?」

「あー、だったらかなり都会だな。オレが住んでた所は」


 アイスを舐めながら誠が笑う。昨日知り合ったばかりの人と、こんなふうにアイスを食べている自分がものすごく不思議だった。


「どうしてここに来たの?」


 なんとなく、聞いてはいけないような気がしたけれど、沙耶香は隣の誠に言った。


「家、追い出された」

「よっぽど悪いことしたんだ?」

「まぁな」


 誠がふっと笑って空を見上げる。二人の上に覆いかぶさる重苦しい雲は、ここに住む人間をこの町に縛り付ける。

 出て行きたくても出て行けない。まるで何かに憑りつかれてしまったかのように。


「私も同じ」


 ぽつりと沙耶香が呟いた。


「私も悪いこと、してる」


 誠は何も言わなかった。沙耶香の持つアイスがぽたりと垂れ、乾いた地面にじんわりと染みこんでいった。




鶉親方 ( 2020/02/19(水) 20:19 )