二十一話
 通りすがりの人たちが、そんな私たちを遠巻きに見つめている。はたから見たらバカバカしいカップルの痴話喧嘩に見えたのだろう。

 私は彰とこうやっている自分たちがなんだかおかしくて、いつのまにか笑っていた。



「何笑ってんだよ」

「別に」

「お前はすぐそうやって、笑って誤魔化す」



 彰は小さくため息を吐くと、何か思い出したようにかすかに笑った。



「何よ? あんただって笑ってる」

「いや、ちょっと思い出して・・・」



 彰はそう言って私を見た。彰の頭に私と同じ記憶がよぎる。でもそれはもう過ぎた過去。



「日向ちゃん・・・可愛いね」



 私はわざと話を逸らすように、そばを通りかかったベビーカーを見送りながら言った。



「うん・・・」



 彰はその言葉に素直に頷いた。



「史帆と日向ちゃん。泣かせるわけにはいかないよね」

「そうだな・・・」



 彰がそう言って遠くを見つめた。

 商店街の向こうにマンションや住宅の明かりがぽつぽつと灯り始める。きっと史帆たちもあの明るい部屋の中で、彰の帰りを待ってるだろう。



「じゃ、早く帰ってビーフシチュー作らなきゃ。彰の大事な家族のためにね」



 私が笑うと彰が言った。



「無理するなよ」



 私はぼんやりと彰を見つめる。



「無理するな」



 もう一度投げ掛けられた彰の言葉に頷いた。



「じゃあさ、ちょっとだけ、泣かせて」



 私の体は彰の胸に飛び込んでいた。

 夏の始まりの風が、あの頃より少し伸びた私の髪を揺らす。彰の温かな手は、そっと私の背中を抱き寄せる。

 


大好きな彰

私はまだ彰を想っている

でもそれも今日でおしまい

本当の本当に

私はあんたを忘れることにする

あんたが史帆と日向のために

私を忘れると心に決めたように

私も・・・





「ごめんな・・・久美」



 彰の掠れ声が私の耳に響いた。



「それじゃ・・・」



 夕日が沈み、あたりが薄暗くなった頃、私はバス停の前で立ち止まった。

 彰のアパートに遊びに行った帰り、いつもこのバス停の前で私たちは別れた。



「元気でな」

「彰もね」



 私がにっこり笑うと、彰も小さく微笑んだ。


 やがて遠くに見えていたバスが、私たちの前で止まった。私はバスに乗り込み、窓から彰の姿を見下ろす。


 彰は何も言わず、じっと私を見つめていた。

 バスがそんな二人を引き離すように、ゆっくりと走り出す。



「彰・・・」



 私は窓に張り付いて、思いっきり手を振った。彰もバスを追いかける様に大きく手を振っている。

 まるで付き合い始めたばかりの二人が、今日の別れを惜しんでいるかのように。

 けど、この別れにまた明日という言葉はない。





私はもう二度と

彰に会うことはない




 彰の姿が見えなくなった頃、私の目から再び熱い涙があふれていた。



鶉親方 ( 2020/03/11(水) 23:37 )