十二話
「あー、史帆ー。やっと来た」

「久美!? どうしちゃったの?」



 彰ともよく来た馴染みのバーで、私はカクテルやウイスキーを浴びるほど飲んで史帆を電話で呼びつけた。




あれ?

なんで史帆を呼んだんだっけ?




 するとマスターが困ったように史帆に言った。



「史帆ちゃん頼むよ。自棄酒か何か分かんないけど、久美ちゃんちょっと飲み過ぎなんだよ」

「何言ってんのよ、マスター。店が儲かるように、私が飲んでやってるんじゃない!」



 マスターは私を見て、小さく肩を竦めた。



「彰くんと何かあった?」



 史帆がそう言って私の隣に腰掛ける。



そうだった



 私は史帆に聞いてほしくて呼んだのだった。



「私ねー、彰と別れたのよー」



 私の言葉に史帆の顔色がさっと変わった。




あ、泣くかも




 史帆はいつだって、私のことを自分のことのように心配してくれる。これほど心配かけてばかりの私も問題だけど、そんな時、泣き出しそうな史帆の顔を見て、私は頑張らなくちゃと立ち直れた。

 彰と大ゲンカした時も、あの事故の時も、私は史帆のおかげで立ち直ることが出来た。

 けど、今夜の史帆は少し違っていた。私の目をまっすぐに見てどうしてと聞いてきた。

 私は史帆の意外な反応に女のカンのようなものが働いた。



「だって、彰って、私と付き合い始めた日のことも、初めてキスした日のことも、プロポーズした日のことも、ぜーんぶ忘れちゃってるんだよ? さすがの私もちょっとキツイよ」

「でもそれは彰くんのせいじゃないでしょ? 1番つらいのは彰くんなんだよ?」



 史帆は必死に反論してきた。





やっぱりそうか





「そんなのは私だって、言われなくてもわかってる!」

「じゃ、なんで別れるの? 前に言ってたじゃない。記憶が戻るまで気長に待つって」

「そりゃ言ったけど。でももうこれ以上待てないの! つらいの、私だって」



 私は目の前のウイスキーのグラスを一気に空けた。カウンター越しにマスターが何か言いたげに私を見ている。



「久美・・・それはひどいよ」



 史帆は私をじっと見て言う。



「久美は逃げるのね。傷ついた彰くんを置いて逃げるのね」



 私も黙って史帆を見つめ返す。史帆は悲しいような切ないような複雑な表情をしていた。




そうか、そうだったんだ




 史帆は私のことを心配してこういう顔をしていたんじゃない。いつだって彰のことを想ってた。



 やがて史帆が黙って立ち上がった。



「・・・史帆」



 私は空になったグラスを握りしめて史帆の背中に呟く。



「そんなに彰が気になるなら、史帆が付き合えば?」



 史帆は振り返り、顔を赤くして唇を噛んでいた。そして何も言わず、店を出て行った。



「・・・おかわり」



 私は何事もなかったかのようにグラスを差し出す。



「久美ちゃん。なんであんな心にもないこと言っちゃったの?」



 マスターはウイスキーを注ぎながら私に言う。



「彰にはさ、笑っていてほしいの。だから私といるより史帆といたほうがいいと思うの」



 私がそう呟くとマスターは少し微笑みながらグラスを差し出した。



「なによ?」

「いや、・・・昔さ、今の久美ちゃんと同じ様なことを言ってたやつのことを思い出してさ」

「へぇ、・・・聞かせてよ」

「・・・・・・俺の親友なんだけどね」



 私はぼんやりと店の薄暗い照明に光る氷を見つめてマスターの話に耳を傾けた。




鶉親方 ( 2020/02/12(水) 22:59 )