十一話
「この日ね、二人で海に行くつもりなんてなかったの。でもお互いなんとなくむしゃくしゃしててね。私は前の彼と別れてすぐだったし、彰は会社でムカつく先輩にいびられてた。それで行くあてもなく電車に乗って、気がついたら海に来てたの」


 午後の日差しを背に浴びながら、私は彰とベッドに座って、懐かしいアルバムをめくっていた。アルバムの中の私たちはこんな運命が待っているとも知らずに、無邪気な笑顔ではしゃいでいる。



「気がついたら海なんておかしいよな」


 彰はアルバムの写真を見ながら小さく笑う。


「俺はきっと久美のこと狙ってたんだろうな。だからわざと海に向かう電車に乗った」

「そうだね。それで私もとぼけたふりして彰の計画に乗っちゃったんだ」


 彰の言葉に私も微笑む。


「だって付き合ってもないのに、その日のうちにキスしちゃったんだよ? 私たち」


 彰は私を見ておかしそうに笑った。私は彰のこんな笑顔が好きだった。前の彼氏と付き合っている頃から、実は彰のことを想っていた。そして彰も、きっと私を好きだった。


「・・・ねぇ、彰」


 私はアルバムを見つめたままつぶやく。


「私のどこを好きになったの?」


 彰は黙って私を見た。胸の鼓動が激しくなる。



それ以上言っちゃいけない

言ったら終わる



 私の頭のどこかでそんな声が聞こえる。でも私は言うしかなかった。


「ホントに覚えてないの? 私を好きになった日のことも、初めてキスした日のことも」


 彰は何も言わずに俯いた。今にもいつもの言葉が聞こえてきそうだった。


「彰」


 私は隣に座る彰の手をぎゅっと握りしめた。大きくて温かい、いつも私を抱きしめてくれた彰の手。


「・・・私たち別れよう? その方がいい。彰だって覚えもない女と付き合うのなんて、キツイでしょ?」


 彰は何も言わなかった。私は彰の手を握りしめたまま、にっこり笑った。


「ね、そうしよ? 私、あの事故で彰が死んだと思うことにするから。だから・・・彰も私のことなんて忘れて、また新しい彼女探しなよ?」


 私はそう言って彰の顔を覗き込む。彰はそんな私から目を逸らすように俯いていたが、やがて掠れる声で呟いた。


「ごめんな・・・久美」


 私は黙って首を横に振る。もうその言葉を聞きたくはなかった。



「じゃ・・・私、帰るね」


 私は彰の手をそっと離すと、それだけ言って外へ出た。いつの間にかあたりは夕日に染まり、オレンジ色の空が私の上に広がった。



 私は振り向かないで歩く。多分、きっと彰は私の背中を見送っているだろう。私たちがキスして抱き合ったあの部屋のドアの前に立って、好きでもない婚約者の私を見送っているのだろう。



これでいい



 彰はもう私のことを好きではないから。いつ私を好きになったのか、私のどこを好きになったのか。そんなことも思い出せない彰と私は、恋人同士でも何でもない。


 二人は付き合う前の二人に戻ってしまった。



鶉親方 ( 2020/02/08(土) 00:17 )