二話
「久美!」


 突然、私の背中に聞き慣れた声が響いた。振り返りキョロキョロとあたりを見回すと、横断歩道の向こうで彰が手を振っていた。


「どーしたのー?」


 赤い歩行者信号の下に立つ彰に向かって、私は身振り手振りで聞いた。歩道の両側に立つ私たちの間には、何台かの車が行き来している。


「肉買うの忘れてた」


 彰が苦笑いしながらミートショップの袋を掲げる。



ビーフシチューを作るのに牛肉を買い忘れる?



 彰はしっかりしているようでどこか抜けている。しかし、そんな不完全さが私の母性本能をくすぐっているのかも知れない。



 私は目の前の信号をじっと見つめる。早く青に変わらないかとワクワクしながら彰を待つ。


「バカねぇ。お肉忘れてどうするのよ?」


 彰が来たらこう言ってから、このワインのビンを持たせよう。そして空いたこの手で彰の腕を抱いて、べたべた寄り添って歩こう。


 彰の部屋まであと数分。着いたらお花を飾って、二人だけのささやかな結婚前のパーティをする。


 歩行者信号が青に変わった。並んで立っている人の群れから、彰が1番に飛び出す。青になるのが待ちきれなかった子供みたいだ。私がそんな彰を見て小さく笑った。

 その時、1台の車が横断歩道の中に突っ込んできた。



鶉親方 ( 2020/01/13(月) 23:33 )