Precious Heart - 終
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終わりと始まり
「一杯飲ませてー」



 美波ちゃんの引越しを手伝ったその日。

 真っ直ぐ家に帰りたくなかった俺は臨時休業だというのに店に来ていた。

 勝手にカクテルを作って一人でぼんやりしていた俺は、前触れなく背後から声が聞こえ驚いて顔をあげた。




 よっ! と片手を上げ、デニムにカットソーという珍しい姿の美月ちゃんが立っている。



「美月ちゃん・・・どうしたの、こんな時間に?」

「冷やかしに来ました」



 美月ちゃんはにやりと笑って俺の隣に腰掛けた。

 一人で飲みたい気分だったのにと思いながらも営業スマイルは忘れない。



「そうなんだ? じゃ何かご馳走しようか?」

「なかなか気が利くじゃない」



 まあね、と笑いかけ、ふと頭を過ぎる。



「あれ? 今日って、お店休みなんじゃなかった?」

「覚えてたんだ?」

「そりゃそうでしょう。昨日で美波ちゃんラストだったんだから」

「・・・バーテン失格!」

「え?」

「前に一度、私が教えたのよ? 日曜日はお休みだって」

「・・・そうだったね。ごめんごめん」



 内心、煩い女だと思いながらも笑顔は絶やさない。

 これぞバーテンの鑑ってやつだな。




 あまりカクテルの種類を知らないようだったのを思い出し、何にしようか思案した。


 仕事じゃないんだけどね。

 シェイカーを振る気もないし、ビルドで作れるものを考え出す。



「美月ちゃん、ブランデーって好き?」

「うん。好きだけど」

「じゃコレにしよう」



 俺はロックグラスに氷と材料を入れ、軽くステアし、美月ちゃんに差し出した。



「フレンチ・コネクション」

「へぇ? いただきます」



 美月ちゃんは嬉しそうな顔でグラスを口に運んだ。



「美味しっ」

「ありがとう」



 ゆっくり口に運ぶ美月ちゃんを眺めていてふと気付く。



「今日はお客さんの付き合い?」

「違うよ? 美波から引越し完了のLINEがきてたからもしかしたら公志くん、いるんじゃないかなって思って」

「わざわざそれだけで?」

「自棄酒なら付き合ってあげるわよ?」

「自棄酒? なんで?」



 一瞬、隠していたものに気付かれたのかと焦る。



「仙道さん、取られちゃって寂しいんでしょ」



 なんだ、そっちか心臓に悪ぃ。

 いや、バレるわけないか。



 ホッとしてグラスを口に運んだ瞬間、美月ちゃんがふっと笑った。



「何?」

「顔に出やすいね?」

「へ?」

「・・・美波のこと、ショック?」

「は?」



 一瞬思考が停止した。



 何を言い出した?


 この女? 



「公志くんって、美波のこと、好きでしょ?」

「カマかけてんの? そんなことあるわけないでしょ」



 俺はにこりと笑ってやる。



 自分を作ることと隠すことは得意だ。



 余裕綽々の笑みを浮かべてカクテルを飲み干した俺に美月ちゃんは苦笑いを浮かべた。



「私さ、一応No.2張ってんだよね」

「知ってるよ?」

「で、次期No.1候補」



 だからなんだよ? 



「人間観察は得意なわけ。わかる?」

「そうなんだ?」

「なーんだ。てっきり落ちこんでるんだろうと思って来てあげたのに」

「だから何で俺が落ちこむの」



 全く馬鹿馬鹿しくて笑える。

 そんな顔をしながらも内心ビクビクしていた。


 バレないようにしてきたし、感付かれるほど美月ちゃんとは会ってない。

 リョウは自分のことが精一杯で気付いてないだろうし、健人は美波ちゃんのことでいっぱいいっぱいで気付くはずがない。

 美波ちゃんだってそう。しかもすげぇ鈍いし。




「もうちょっとラクに生きてもいいんじゃないの? 私、口堅いから安心してよ」

「だから何言ってんの?」

「あー・・・じゃあ大きな独り言だと思ってね?」



 美月ちゃんはそう言って息を吸った。



 何を言われるのかと身構える。




「公志くんは仙道さんのことをずっと支えてきて、美波のことは仙道さんの彼女として見てきた。でも、いろんなことがあって美波が落ちこんで相談してくるうちに、"健人の彼女"のはずの美波の存在が少しずつ変わってきちゃった。これ以上苦しんで欲しくなくて、でも別れろなんて言えない。大事な"健人"が壊れちゃうからね。自然にダメになったら自分が支えてあげるのになぁ、なんて思ってた矢先に美波がしっかりと仙道さんを選んでしまった。餞のつもりで引越しの手伝いに行ったけど、やっぱツライ・・・。いいや、一人で飲もう。どうせ誰にも気付かれてないし」



 一気に言い放ち、小さく息を吐いた。


 俺はあんぐりと口を開けた。



「ってのが、私の見解。どう?」

「なんで? 美月ちゃん、何者?」

「だからNo.2だって」

「・・・エスパー? "OZ"ってマジでレベル高いね」

「でしょ」



 美月ちゃんはそう言ってちょっと笑った。



 ありえねぇよ。

 どこでバレたんだ? 



「へこませに来たわけじゃないんだけど」

「へこむでしょ、普通」

「へこませついでに言っちゃうと、仙道さんにもバレてるからね?」

「えぇ!?」

「あの人、美波を解放してやろうと思って一緒に暮らそうなんて言い出したんだよ」

「・・・え?」

「自分といるよりも、公志くんと一緒にいたほうが美波は幸せなんだって思ったんじゃないかな」



 そっか。バレてたんだ。


 俺、最低じゃん。

 応援している振りして、美波ちゃんが欲しかったなんて、さ。



「よしよしってしてあげたいけど、カウンターには入っちゃいけない気がするからさ? こっち来てよ」

「・・・ガキじゃないし」

「ガキじゃなくても、誰かに甘えたい時ってあるよ」

「甘えさせに来たんだ?」

「ううん。ケツ叩きに来た」

「女の子がそういうこと言っちゃダメでしょ」



 俯いてた俺に美月ちゃんは身を乗り出して頭を撫でてくれた。






 情けなくて泣きたくなる。

 大事な友人なのに。

 健人の彼女なのに。

 俺、なんて酷いこと思ってたんだろう・・・



「ね、このカウンター、壊れたりしないよね?」

「は?」



 何を言ってるのかと少し顔をあげると美月ちゃんは身を乗り出すどころか、しっかりとカウンターに座っていた。




 ダメじゃんって言おうと顔を上げたら柔らかいものが俺の唇を塞いだ。

 

 それが離れて俺は思わず笑った。




「・・・何やってんの」

「失恋した男に付け入ろうと思って」

「慰めてんの?」

「まさか。ドン底に突き落としてんの」

「ひでぇ・・・」

「で、ドン底に落ちたら私が拾ってあげるよ」




 美月ちゃんはそう言って笑った。








 すげぇ女。











 でも、すげぇ。











 救われた。






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■筆者メッセージ
とりあえず、これで完結です。

なんとか年内で終われてよかったです。


来週からYUKIの方を再開させますので、よろしければそちらも読んであげて下さい。

では、また
鶉親方 ( 2018/12/15(土) 00:10 )