43話 残るもの、棄てるもの
「お疲れー」



 ロッカールームで美月に声をかけられ、美波は思わず喉を詰まらせた。



 これから、大事なことを告げる。



 小さく息を吐き出し、美月に向き合った。




「どうしたの?」

「美月。・・・私さ、店辞めるね」

「え?」

「健人と生きていきたいの」

「そっか。うん・・・わかった。もうママには言ったの?」

「まだ、これから言うよ」



 俯く美波に美月は微笑みかけた。



「ありがとね、美波」

「え?」

「ママより先に打ち明けてくれて。友達、だからだよね?」

「違うよ? 親友。なんでしょ? 私たち」

「もー! なんて可愛いこと言ってんのよっ! 泣かせんじゃないわよ」

「ごめんね・・・ありがと」



 泣き笑いの美月をぎゅっと抱きしめる。



「行ってくるね」



 美波は涙を拭って美月を解放した。





もう、迷わない







 ロッカールームを出て事務所の前に立つ。

 大きく息を吸って、きゅっと手を握った。



 ドアをノックすると気だるそうなママの返事が聞こえ、静かに中に入った。



「今月いっぱいで辞めさせてください」

「えぇ!?」

「引退しようと思っています」

「本気!」



 ママがヒステリックに叫ぶ。



「申し訳ありません」

「バーテンと噂になってるのは耳にしてたけど・・・こんなことなら手を打っておくべきだったわね」

「どんなことがあっても、別れなかったと思います」

「どうして!? 店に不満でもあるの?」

「・・・この世界に入って4年。不満に思ったことは一度もありません」

「だったら何で」

「不満はありません。でも、満足したこともありませんでした」



 美波の言葉にママはがっくりと項垂れる。

 マネージャーの城野が気遣わしげに肩を支えた。



「もういいだろ? 美波にこんな顔をさせる男ってすごいんじゃないのか? もうわかってるんだろ?」

「けど美波が抜けたら・・・この店、どうなっちゃうのよ」

「俺達は・・・頼りすぎていたんだ。ちゃんと見送ってやらないとな?」



 城野は美波に向かって頷いた。美波も城野とママに深く頭を下げた。



「お世話になりました」



 事務所のドアを開けると美月が心配そうな顔で駆け寄る。

 美波はちょっと笑ってドアを閉めた。



「大丈夫?」

「うん。あとは城野さんが何とかしてくれると思う。美月、しばらくの間、指名客以外は私についてくれる?」

「いいけど・・・」

「私のお客さん、全部ここに置いていくから・・・美月、あとはお願いします」

「ホントにいいの? 店続けながらでも仙道さんの傍にいられるじゃない」



 美月の言葉は尤もだった。


 ただ、今はそれじゃダメなのだとわかっていた。


 健人が欲しいのはそんなに簡単なものではない。



「多分、健人に試されてると思うの。全部捨てていかないと私が捨てられちゃうの」

「そこまでする?」

「するよ。健人は誰も信じてないもん。一緒に暮らそうって言ったのも、私がそう出来ないことわかってて言ってるんだ。上等。売られた喧嘩は買う主義なんだよね、私」

「ホント、美波って変なとこで武闘派だよね」

「ふふ、そうかも」



 美波は小さく笑う。



「ホントにいいのね?」

「もちろん。健人は変わる。私が健人に出会って変われたように。今度は私が変える」

「わかった。何でも言ってね。手は貸せるからさ」



 美波はにこりと微笑んだ。






もうすぐ終わる

空っぽの私が



鶉親方 ( 2018/12/11(火) 01:26 )