41話 青天の霹靂
 店に戻った公志はおかえりーと笑顔を見せる美波に少しだけ微笑んでカウンターに入った。

 健人は穏やかに微笑んでいる。

 もうこんな時間は永遠に訪れないのかと思うと胸が苦しくなる。

 健人のためだけを思っていた以前までなら、どんなに美波が気に病んでいても、健人の傍を離れて欲しくないと願った。


 けれどもう、公志にとって美波の存在は別にあった。






これ以上苦しんでいる姿を見たくない


健人の傍を離れて彼女が幸せでいられるのなら


黙ってそれを見送ってやりたい






「公志? どうした?」

「え? あぁ、なんでもない」



 公志は怪しまれないように笑ってみせた。




俺ももう限界だな・・・




 そう思った時、美波が口を開いた。



「私、お店辞めるから」



 突然のことに健人は相当驚いている。

 公志は危惧していたことがこれから現実となるのかと小さくため息を吐いた。



「でね? 無職になっちゃうから、健人の家に引っ越そうかなって思って」

「え?」

「は?」



 健人も聞かされてなかったのか、完全に口が開いている。


 美波はそんな二人を見てくすくす笑う。



「なによ。健人が言ってくれたんじゃない。一緒に暮らそって。大丈夫。貯金はあるから」

「・・・いや、でも・・・なんで急に?」

「だめ?」

「いや・・・、だめじゃないけど」

「何、その顔。冗談だったの?」

「違う、けど・・・なんで店?」



 珍しく口ごもる健人に美波は小さく笑う。



「やりたいことが見つかったの」

「はい!?」



 いつもの健人はどこに行ったのだと思うほど完全に冷静さを失っている。


 公志もあんぐりと開いた口が塞がらないでいた。



別れるんじゃ・・・なかったのか? 




「・・・ってことで、引越し、公志くんもリョウちゃんも手伝ってね?」



 美波は今まで見た中で最高の顔で笑った。



 健人がボックス席に呼ばれ、話は一度中断されたかのように思われた。

 公志は半信半疑でちらりと美波を見ると、ムッとした顔の美波と目があった。



「・・・公志くん」

「な、なに?」

「私が逃げるとでも思った?」

「・・・・・・」

「私、言ったよね? 健人が好きだって。もう逃げないって」

「うん・・・ごめん」

「逃げないよ、私。健人のこと、諦めたくない」



 恐る恐る見た美波の瞳は出会った頃では考えられないほど強く、前を見ていた。



「今まで健人を支えてくれてありがと。これからは私が、健人を守るから」



 美波はにこりと微笑んだ。

 公志は片手で顔を隠すように俯いた。


 不覚にも涙が出る。



「ちょ・・・公志くん! 私が泣かせたみたいじゃない」

「ごめ・・・今だけ、許して」



 カウンターの中に蹲った公志を客が不思議そうに見ている。






ちくしょ・・・なんだよ、この女

全然、弱くねぇよ

見せ掛けじゃねぇか

・・・いや、違うか

強く、なったんだな

健人のために

健人と生きるために





すげぇよ、健人

お前、見る目ありすぎ

こんな、すげぇ女

どこ探したっていないって

まじで・・・完敗だ






「公志! どした?」



 驚いて飛んできた健人に公志は笑う。



「タケ、マジですげぇ女捕まえたな」

「は?」

「美波ちゃん。健人のこと頼むね?」



 健人はきょとんとして公志と美波を交互に見ている。


 美波は花のような笑みを綻ばせた。




鶉親方 ( 2018/12/06(木) 00:49 )