36話 優しく過ぎる時間
「美波、今日仙道さんの店、行く?」



 客を見送った後、化粧を直しにロッカールームに入った美波に美月が声をかけた。



「んー・・・どうしようかな? 美月、行くの?」

「うん。一人じゃちょっと心細いから付き合ってもらおうかと思って」

「えー? 私が一緒だと邪魔じゃない?」

「だって・・・一人で何を話せばいいのよ」

「公志くんが話してくれるでしょ?」

「お願い。付き合って!」

「なんか・・・可愛いね」

「もう! 馬鹿にしてんの?」



 頬を赤らめて膨れる美月に美波は笑う。ポーチをロッカーにしまい、時計を確認する。




閉店まであと30分



 今夜はこのまま上がれそうだと美波は一息吐き、ソファーに腰掛けた。



「もう上がり?」

「うん。多分ね。さっきフロアに2組いたけど指名はいってないし」

「そっかー。じゃ、帰る用意、しちゃう?」



 悪戯っぽく笑う美月に頷き、水でも飲もうかと美波が立ち上がるとドアがノックされた。



「美波、3番指名だ」

「はい・・・」



 ガッカリする美波に美月は励ます。

 あと30分なのに、と小さくため息を吐き、ロッカールームを出た。











「お疲れー」

「ホントだよ。終わったと思ってからの30分ってどうしてこんなに長いんだろ」

「仕方ないよ。美波は売れっ子さんなんだもん。それに、もうすぐ仙道さんに会えるんだからいいじゃん」

「うーん」



 曖昧に頷く美波を早く早くと促し二人は健人の店へと向かった。









 ドアを開けると公志の優しい微笑みが出迎えた。



「あれ? 美月ちゃん、久しぶりー」

「こんばんは」



 美月は柔らかく微笑み、スツールに腰を下ろした。美波が隣に座るとカウンターにコースターが乗せられる。



「何飲む?」

「私はミリオン・ダラーにしようかな」

「私も同じで」

「了解。健人は奥にいるよ」



 公志はシェイカーを取り出しながら奥のボックス席に視線を移す。



「呼ばなくていいからね?」

「そうなの? 健人は呼んで欲しいと思うけど」

「いいの。仕事しないとダメでしょ」



 美波は頬杖をついて目を細めた。ちらりと美月を見上げると嬉しそうに微笑みながら公志の手を見ている。




美月もこんな顔するんだ




 初めて知った一面に美波の頬が緩んだ。



 それから二人の邪魔をしないように、美波は微笑みながら二人を見つめた。

 しばらくして健人がカウンターに戻ってきた。



「あれ? 美月ちゃん、いらっしゃい」

「こんばんは。またお邪魔してます」

「うん、ありがとね」



 健人は柔らかく微笑みながら美波の頭に手を置き、カウンターに入る。



「次、何にする?

「んー・・・なんでもいい」

「ちゃんとオーダーしろよな」

「いいじゃん別に」



 笑う美波にちょっと微笑み返し、健人はカクテルグラスを取り出した。


 顎に手をあて、何にしようかと数秒。

 やがてシェイカーに材料を入れてシェイクし、カクテルグラスに注ぎ入れて美波の前に置いた。



「エンジェル・フェイス」

「リンゴ?」

「そう。ちょっとキツイかもな。ゆっくり飲めよ?」

「ん」

「さて、美月ちゃんは何にする?」

「仙道さんのおまかせで」

「そ?」



 健人はまた考える素振りを見せ、シェイカーに材料を入れた。



「かっこいいねー? 美波は仙道さんのこういうところに惚れちゃったの?」



 美月の言葉に美波は吹き出した。



「美波って、最近すごくキレイになったと思いません?」



 美月はシェイカーを振る健人に向かって微笑む。グラスに注ぎ、美月の前にカクテルを差し出して健人は笑う。



「美波は前からキレイだよ」

「うわ、なんか照れるんですけど」

「ゴールデン・デイズ。こっちはちょっと甘めかな?」

「仙道さんもご一緒にいかがですか?」

「ありがとう。じゃ、ご馳走になっちゃおうかな」



 健人はロックグラスに氷を入れ、材料を入れて軽くステアしてグラスを持ち上げた。



「それ、何ですか?」

「ロシータ。テキーラの気分だったので」

「へぇ? なんだ。美波をがっつり酔わせて連れて帰るのかと思ったのに仙道さんもキツイの飲んじゃうんだ?」

「美月ちゃん、面白いこと言うね? 美波はアルコールに強いからこれくらいじゃ潰れてくれないでしょ」

「そっか」



 美月は納得したように笑う。美波は真っ赤になって手で顔を扇いでいる。






 公志が奥の席に行ったのを横目で見やり、健人はちょっと笑う。



「美月ちゃんは公志目当て?」

「ばれちゃいました?」

「うん。目がハートマーク」

「・・・うそ?」



 美月は驚いた顔で美波を見る。

 美波は苦笑いして少し首をかしげた。



「がんばってねー?」

「・・・うーん。がんばってって言われてもねぇ」



 美月は苦笑いしながら公志を見た。



■筆者メッセージ
[用語解説]


※エンジェル・フェイス
りんごのブランデー、カルバドスと杏のリキュール、アプリコット・ブランデーはアルコール度数の高いものため、香りのいい飲みやすさに仕上がっているが、空腹時には注意したいカクテル。昔から人気のあるスタンダード・カクテル。



※ゴールデン・デイズ
ジンをベースにピーチリキュールとオレンジジュースを加えた、フルーティーなカクテル。甘くさっぱりと爽やかな口当たりで、とても飲みやすいですね。


※ロシータ
テキーラをベースにベルモット、レモンピールをアレンジしたカクテル。華やかなフレーバーとサッパリとしたテイストが人気。比較的飲みやすい口当たりになっているが、度数はやや高めなので注意。

鶉親方 ( 2018/11/25(日) 01:27 )