24話 想い
 昨日連れてこられた時はほとんど意識がなかったのか、初めて入る部屋のような感覚に美波は思わず俯いた。

 インテリアを眺める余裕すらなく、怯えるように俯く美波の耳にふっと笑う音が届く。



「大丈夫。オレ、そこまで鬼畜じゃないからさ」



 ちょっと笑う健人に美波はぎこちなく笑みを返した。



「何飲む?」

「なんでもいい」

「そ?」



 健人は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ひとつを美波に手渡した。




本当は飲んでいる場合じゃない。

どうしても聞きたいことがある。

どうしても伝えたいことが。



「・・・家ではカクテルじゃないんだ?」

「たまに作るよ。最近は忙しくてリキュールも揃えてないけどね」

「ねぇ健人・・・さっき作ってくれたカクテル、どういう意味なの?」

「プレシャス・ハート? 勉強熱心の美波もわかんない?」



 ちょっと意地悪な笑みを浮かべて小首を傾げる健人に美波は少し笑った。



「リョウちゃん照れるし、健人のことかっこいいって言うし、本人から聞けって言うし」

「だろうね?」

「意地悪しないで教えてよ。私、今日は健人に話したいことがあるんだから」

「じゃ、美波の話を先に聞こうか」

「ダメ。教えて」



 美波は真っ直ぐに健人の瞳を見上げた。



 健人は微笑み、そっと美波の頬に触れる。



「教えちゃったらオレ、手出しちゃうかもよ?」



 健人の瞳が美波を試すように悪戯っぽく笑う。

 胸が押し潰されそうなくらいきゅうっと啼く。



「・・・いいよ。ちゃんと答えてくれたら」



 美波の返事が意外だったのか、健人はちょっと驚いた顔をして小さく笑った。

 頬に触れていた手がゆっくりと撫でるように美波の頭の後ろに移動していく。

 愛おしそうに細められる瞳に吸い込まれそうになる。

 美波はその動作も、健人の瞳も、一瞬も逃さないようにじっと見つめた。

 健人はふっと微笑みゆっくりと顔を近づけた。



「最愛の人。愛してる」



 健人の唇が美波の唇の上で囁く。



 啄ばむようなキスに切なくなる。

 唇をノックするように舌で撫でられ薄く開くとするりと入り込んできた。

 健人が美波の心に入り込んだときと同じように。自然に、ゆっくりと。





ずっと忘れていた。

人の肌の暖かさも。

恋すると幸せで切なくなることも。

誰かに愛され満たされる心も。



「泣くなよ・・・」



 健人に言われ、美波は自分が泣いていることに気付いた。


 違うと言いたいのに言葉が出なかった。




ちゃんと伝えなきゃ。



 美波は健人のシャツをぎゅっと握った。



「健人・・・ごめん、ね。違うの・・・」

「うん?」

「・・・怖いの」

「うん。大丈夫。美波の心。ちゃんと伝わったよ」



 健人はそっと美波の体を抱きしめる。






ちゃんと伝わってた。

よかった。

嗚咽が漏れる。



 健人の手がわしわしと美波の頭を撫でる。



あんまり優しくて、涙が止まらない。

ごめんね。

ちゃんと、言葉に出せなくてごめんね。

でも、これが今の私には精一杯。





 美波はぎゅっと健人の体を抱きしめた。




大好きなんだよ。

せめてそれだけは伝えたかった。





鶉親方 ( 2018/10/14(日) 18:56 )