Precious Heart - 四
23話 原点
「なぁ美波、このあと一軒飲みに行かない?」



 閉店後の店内で帳簿と睨めっこしていた健人がふいに顔を上げて言った。

 美波は少し考えてから頷くと健人は微笑んでからまた帳簿に視線を落とした。



「公志、あと頼むな。先に帰るわ」

「了解。明日休みだっけ?」

「あぁ、ちらっと顔出すけどな」

「出さなくていいって。ちょっとは休んだ方がいいんじゃねぇのか?」

「んー・・・考えとく」



 健人は小さく笑ってカウンターから出た。



「んじゃ行くか」



 美波は健人について店を出た。



「どこに行くの?」

「ヒミツ。一杯だけ付き合って」



 健人はにこりと微笑み美波の手を取った。



「何?」

「ん? 手、繋いだだけ」

「だけ・・・って、勝手なことしないでよ」

「いいじゃん」



 健人に言われ、手ぐらいいいかとちょっと笑う。




 通りを抜けて少し裏に入ったビルに入った。エレベーターに乗り、手を引かれるまま一軒の店の前で止まる。



「バー?」

「そう。オレの師匠の店」

「へぇ」





 店内は健人の店と似た雰囲気でバックには微かにジャズが流れていた。


 カウンターにいたバーテンが健人に気付き笑みを浮かべた。



「タケ! 久しぶりだな」

「伊吹さん、ご無沙汰してます。マスターいますか?」

「いるよ。ちょっと待ってな」



 伊吹と呼ばれたバーテンは奥に入って行き、すぐに初老の男性が顔を出した。



「元気だったか? タケ」

「はい。なかなか来れなくてすみません。マスター」



 健人は笑みを浮かべてスツールに腰を下ろした。



「おいで」



 健人に呼ばれ、美波もカウンターに近付いた。



「ん、タケの彼女さん?」



 マスターは優しそうな笑顔を見せ美波を見た。

 まだ違うと健人が答え、美波は苦笑いを浮かべて頭を下げた。



「もしかして・・・"OZ"の美波さんかい?」

「はい」

「本物は初めて見たよ。ここのマスターをやってる河村です。よろしくね」

「よろしくお願いします」



 健人に勧められ、美波はスツールに腰を下ろした。



「何にしようか?」

「ギムレットを貰おうかな。美波は?」

「私は・・・なんでもいい」

「んじゃ、マスターのお任せで」

「かしこまりました」



 マスターは柔らかく微笑んでシェイカーを取り出した。



 流れるような作業はどこか健人とよく似ていた。


 すっと差し出されたグラスに思わず美波は微笑む。



「すごいいい香り」





 健人はマスターを見上げ笑顔を見せた。



「流石だね。シェイク、まだまだ全然敵わないな」

「そんなことないさ。タケももう、立派なオーナーだろ? 噂で聞いたよ」

「うーん・・・まだまだ修行が足りないんだけどね」



 マスターからカクテルグラスを受け取った健人は照れくさそうに笑った。




 小1時間程談笑し、健人は立ち上がる。



「また来るよ、マスター」

「あぁ。今度はタケの店に行かせてもらうよ」



 チェックを済ませ、美波はマスターにお辞儀をして店を出た。ちらりと健人を見上げると、健人は微笑む。



「マスターのシェイク、すげぇかっこいいだろ?」

「うん・・・」



 そう答え、美波はカクテルを作る姿が健人と似ていたことは何となく恥ずかしくて黙った。



 ビルを出たところで再び手を繋がれる。



「また?」



 不満気に健人を見上げると、ちょっと笑う。



 そのままどこに行くのかもわからないまま、歩き出す。何気ない会話に笑いながら歩いた。

 裏通りを進み、怪しい建物が並ぶエリアに足を踏み入れたことに気付き、美波は足を止めた。



「あぁ、違うよ?」



 健人は小さく笑って美波の手を引く。



「どこに行くの?」

「オレんち。手は出さないから安心して」




■筆者メッセージ
[用語解説]

※ギムレット
ジンにライムジュースを加えた爽やかな味わいのカクテル。ジンを使ったカクテルを飲んだことがない方でも比較的、飲みやすいと思います。ただ、飲み易くても度数は40前後なので注意が必要ですね。

鶉親方 ( 2018/10/11(木) 01:25 )