Precious Heart - 三
22話 Precious Heart
「美波、もう大丈夫なの?」



 翌日出勤した美波を見てママとマネージャーの城野が驚いた顔をした。



「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」



 美波はぺこりと頭を下げてロッカールームに向かうと、メイクさんがいつものように髪をセットし、メイクを施す。



「美波、ホントに大丈夫なの!?」



 すでに出勤していた美月が心配そうに駆け寄る。



「うん。ごめんね?」

「別に私はいいんだけど・・・余計なことだった? 仙道さんに連絡しちゃって・・・」

「ううん。健人がいろいろしてくれたから助かった。今度奢るから許してね」



 美波はちょっと笑って鏡を見つめる。

 こんなにも心配してくれる人がいる。ただ、それだけが救いだった。



「オッケー! 美波ちゃん、今日も美人さんだよ」



 メイクさんがにこりと笑って美波の肩を叩く。


 今日はなんだかちゃんと笑えそうな気がした。



 指名数もいつも通り。

 接客もいつも通り。


 けれどもなぜか、いつもより達成感を感じた。



 仕事終わり、ロッカールームのイスに腰掛け、美波はスマホを見つめ考える。







健人に何て言おう? 

助けてくれてありがとう? 

好きになってくれてありがとう? 





 どの言葉も違うような気がして、スマホを見つめたままため息を吐く。





会いに行こう




 きっとそこで素直に出た言葉が真実だと思った。






「いらっしゃーい! 美波さん」

「リョウちゃん。お疲れさま。健人、いる?」

「タケさん、買い出し行ってるんすよ。公志さんはあっちで接客中っす」

「そっか。じゃあ今日はリョウちゃんに作ってもらおうかな」



 美波が微笑むとリョウは苦笑いを浮かべる。



「いやいや無理ですって。変なの飲ませたらタケさんにどやされますって」

「大丈夫だって。リョウちゃん、シェイカーは振れる?」

「・・・まだ無理っす」

「えぇーと・・・じゃあ、ジン・トニックで」

「かなり気を使わせちゃってますよね?」

「うん、そうだね」



 美波は笑う。



「じゃあね・・・ピュア・ラブ」

「思いっきりシェイカーじゃないっすか」

「どうしても、それがいいの。お願い」

「・・・じゃあ、俺のオゴリってことでいいっすか? マジで金取ったら殺される・・・」

「わかった。美味しくなかったら、リョウちゃんのオゴリね」

「うわー、それはそれで、すげープレッシャーなんすけど・・・」



 情けない顔をする亮司に美波は笑った。




大丈夫

きっと大丈夫



 亮司がぎこちない手つきで作り上げたカクテルを美波の前におずおずと差し出す。

 美波はちょっと笑ってグラスを口に運ぶ。



「うん、美味しいよ。これはちゃんとお金取ってね」



 美波が微笑むと亮司はホッとしたように笑った。


 ちょうどその時、健人が店に戻ってきた。



「美波?」

「昨日はごめんね。ありがと」

「いや。・・・何飲んでんの?」

「リョウちゃんに初めて作ってもらったの」

「へぇ? ピュア・ラブか?」

「そう」



 美波が笑うと健人は微笑みながらグラスに手を伸ばした。


「あぁ!」


 慌ててそれを止める亮司を振り切り、グラスを口に運ぶ。



「・・・惜しいねぇ。フランボワーズがちょい効きすぎだな。慣れないうちはちゃんと計んねぇと味がブレるんだよ」

「すみません!」



 きっちり90度に体を折り曲げる亮司に健人は笑う。



「ま、最初からうまくできるヤツなんかいないっつーの。初めてにしては上出来じゃん」



 健人はちょっと笑いながら美波の頭に手を乗せ、カウンターに入った。



 新しいシェイカーを出し、少し考えて奥に入っていった。

 何かを手に隠し、美波に見えない場所にそれをしまう。



 材料をシェイカーに入れてシェイクし、そっとカクテルグラスに注ぎ入れた。そして美波に目を瞑るように指示した。

 きょとんとしながらも美波は黙って瞳を閉じる。



「もういいよ」



 健人の声に美波はそっと瞳を開けた。



「かわいい・・・」

「プレシャス・ハート」



 健人はちょっと笑って美波を見つめる。

 なぜか亮司が真っ赤になって顔を背けた。それを見て美波は首を傾げた。



「どうしたの、リョウちゃん」

「さぁ?」



 健人はくくっと笑ってボックス席へと歩いていく。



「なぁに?」

「・・・タケさん、マジかっけぇ」

「え? 何が?」

「いや、それは本人に聞いてください」



 なんだかよくわからなかったけど、きっとこれが健人のメッセージなのだと美波は受け取った。




今度は自分が気持ちを伝える番だ




■筆者メッセージ
[用語解説]

※ピュア・ラブ
フランボワーズ(木イチゴ)リキュールを使った、酸味と甘みのバランスが絶妙で、とても飲み口の良いロングカクテル。アルコールにあまり強くない人にもオススメかと思います。男一人でオーダーするのは勇気がいりますね。





しばらくは本作品をメインに更新していきたいと思います。
どっちかを先に完結させたいんですよね。
鶉親方 ( 2018/10/05(金) 00:31 )