20話 終わらない悪夢
 どんなに消し去りたくても、忘れられない過去を鮮明に、強制的に思い出され、美波は今にも崩れ落ちそうな危うい精神状態でなんとか閉店時間を迎えた。

 案の定、ママからは小言を言われたが半分以上脳に留まらなかった。



吐き気がする。

自分を売ろうとした男が未だ自分を覚えていることに。

何もなかったかのように笑い、体に触れたことに。

馬鹿みたいにあの男を信じた自分が悪いのだと何度納得させても、あの時の嫌悪感は拭えない。



 ふらふらとロッカールームに向かい、異様に重たい腕を何とか持ち上げてバッグを取り出す。

 もう立っているのさえ精一杯だった。




早く、帰らなきゃ。

リンが、待ってる。

私と同じ、捨て猫のリンが。



 どこかでチリンと鈴の音が鳴ったような気がした。










「大丈夫?」



 声が聞こえ、美波は薄く目を開けた。美月が心配そうに美波の顔を覗き込んでいる。



「美月」

「ビックリしたよー。急に倒れるんだもん。どう? まだ具合悪い?」

「・・・ごめん。もう大丈夫」



 美波はゆるりと起き上がったが、まだ頭がズキズキした。



「帰れる?」

「うん・・・平気。ごめんね」

「私のことはいいから。とりあえず立てる?」

「うん」



 美月に支えられ、美波はゆっくりと立ち上がった。



家までは大丈夫そうだ。




 壁に手を当て、何とか店を出る。エレベーターの浮遊感が更に不快感を与える。

 1階までがいつもの何倍も長く感じる。

 ようやく1階に辿り着いた。よろよろとタクシーに向かおうとする美波を美月が制した。



「待って。もうすぐ来るはずだから」

「何が?」

「仙道さん。心配だったからさっき電話しちゃったの」



 どうしてと口を開こうとした瞬間、クラクションが鳴った。

 美月は美波を支え、車へと進む。



「ごめんね、美月ちゃん。連絡ありがとう」

「いえ。美波のこと、お願いします」

「うん。あ、美月ちゃんも送るよ。乗って?」

「私は大丈夫です。それより早く美波を寝かせてあげて」



 健人は美波を抱き寄せ車に乗せた。



「ホントありがとう。今度ゆっくりお礼するから」



 そう言って健人は車に乗り込み、アクセルを踏んだ。




「美波、大丈夫か?」

「なんで来るのよ」

「心配だからに決まってんだろ。車で来て正解だったな」

「ごめんね、健人。私、やっぱり誰も好きになれないよ・・・誰も信じられない」

「わかったから。今はしゃべんな」





ぽんぽんと優しく頭を叩かれたことが、泣けてくる。

ごめんね。こんな私で、ごめん。




 助手席のシートに身を預ける美波には溢れる涙が止められなかった。




■筆者メッセージ
とりあえず、下書きが完結しました。思ったよりも長くなってしまいました。ま、もうひとつの方が長いんですけどね。



たんたんさん
今作の美月はその短編の美月とは別人です。なるべく被らないようにとは思ってたんですけど、忘れてましたね。メインでの被りはないようにします。また、お願いします。

鶉親方 ( 2018/10/02(火) 16:14 )