15話 変化
「美波ちゃん、最近ますますキレイになったね。恋でもしてるの?」



 仕事中だというのにどうやらボーっとしていたらしく、美波はハッとして顔を上げた。



「お仕事にはいつも恋してますけどね」



 取り繕うように微笑み、ロックグラスにバーボンを注ぐ。

 グラスについた水滴を丁寧に拭き取り、男の前にそっと置いた。



「でも、なんか笑顔がいつもと違うんだよなぁ」

「じゃ、リンのおかげかな? 丘田さん、ネコがお好きなんですよね? 私もネコ飼ってるんですよ」

「へぇ? 美波ちゃんのことだから血統書付きとか?」

「まさかー。雑種ですよ。ちゃんとお返事してくれるんですよ? 
かわいいですよね」

「へぇ。譲ってもらったの?」

「いえ。捨て猫ちゃんだったんです。動物なんて初めて飼うからネットで調べまくっちゃいました」



 思った以上に話題に食いついてくれ、美波はホッとして話を続けた。

 どうしても恋愛の話は苦手だった。

 思い出したくない過去を、一瞬で思い出してしまうから。



「ウチのネコ、クロって言うんだけどさぁ」

「なんか、丘田さんらしいネーミングですね」

「うわ、美波ちゃんってば馬鹿にしてる?」

「いえ、かわいい名前ですよ」



 美波は丘田からネコの写真を見せてもらい微笑む。

 体はリンに比べると随分と大きかったが、しっかりとカメラ目線のクロは愛らしい。

 きっと主人が大好きなんだろうなと、美波は微笑みながら写真を返す。



「今度、オススメのおもちゃがあるからプレゼントするよ」

「本当ですか? ウチの子、喜びます」



 その後すぐに別のテーブルから指名が入り、美波は礼を言って席を立つ。

 今日は30分も同じ席に座っていないのではないだろうか。

 美波は一度ロッカールームに下がり、軽く化粧を直してフロアに戻った。



 次のテーブルに移動し、笑顔が凍りつく。そこにいたのは『あの日』を思い出す税理士の松田だった。



「やぁ、久しぶりだね。美波」

「そうですね。松田さん、最近はどちらのお店に浮気なさってたんですか?」

「いやいや。ここのところは 忙しくて飲みに出てなかったんだよ」



 松田はでっぷりとした腹を擦りながらいやらしい笑みを浮かべる。

 本当ですかと美波は少し微笑み、好みの水割りを作り上げる。



「そういえば麻衣、辞めたんだって?」

「ええ・・・」

「あの女はホステス失格だよな。もっと適任が・・・」

「松田さん、水割り、いただいてもよろしいですか?」



 美波はニコリと微笑みかける。



「あ、あぁ。気がつかなくて悪かったね」



 松田は何かを察したのか、頬を引きつらせてグラスを勧めた。

 ニコリと微笑み、美波はグラスに氷を落とした。

 そしてグラスの半分ほどブランデーを注ぎ、水を入れるとマドラーでかき混ぜながらも美波は必死で怒りを静めようと笑顔を貼り付けた。



「では、ご馳走になります」



 カチンと合わせたグラスの音にさえ虫唾が走る。



「美波、そんなに濃い水割りが好きだったか?」

「えぇ。ブランデーは大好きなんです」

「そうだったのか。じゃあもう一本、キープしておくか」

「本当ですか? 嬉しい」



 美波は満面の笑みを浮かべてすぐさま手を上げた。

 やってきた黒服にボトルキープを告げ、松田に微笑みかける。



 こんなやり方こそ失格だとわかっている。

 けれども湧き出た憎悪を誤魔化すには飲むしかなかった。



「今日はたくさんご馳走になっちゃおうかな」

「そうしなさい。他の客の指名なんか断ってしまうといい」

「それは困っちゃいますね。私のお仕事、なくなっちゃいます」



 貼り付けた笑顔に気付かれずホッとする反面、早く指名が入らないかと真剣に願った。





大丈夫。ちゃんと笑えてる



この仮面は酷く疲れる

それでもまだ外すことはできない



鶉親方 ( 2018/09/12(水) 23:25 )