5話 不思議な男
健人と入れ替わりに別の従業員が美波の前に立ち、微笑みかけた。
「はじめまして。牧村 公志です」
「どうも」
ちらりと顔を上げただけで、すぐにグラスに視線を移した美波にくすりと笑う声が聞こえた。
「・・・何?」
「いや、健人が珍しくお客さんを連れてきたって言うからどんな方なんだろうと思ってね」
「ふぅん。でも私、客じゃないらしいわよ? ナンパなんだって」
「そうなんだ? えぇと・・・」
「ミナミ」
「あぁ、ミナミちゃん?」
「飲めば?」
「ありがとう。いただきます」
公志は静かに微笑んでグラスを取り出した。健人と同じようにトールグラスを棚から取り出し、手際よくカクテルを作り上げた。
一口飲んで満足したように笑った。
「トム・コリンズ?」
「え? あぁ、違うよ。これはジョン・コリンズ」
「同じに見えるけど」
「健人が作ったのはジンがベース。こっちはウイスキーがベースなんだよ」
「へぇ。なんかよくわかんない」
「だよね。ミナミちゃんは次、何がいい?」
「んーもういい。一杯だけって約束だったし」
「そうなの? じゃ、ちょっと待っててね」
公志は小さく微笑んでから奥に下がり、健人を呼んできた。
「疲れた?」
「うん。疲れた」
「そ? じゃチェックしますか」
健人はチェックシートに金額を書き込み、シルバーのトレイに乗せた。
「間違ってない?」
美波は金額を見て首を傾げた。
「間違ってないよ」
「だって、あんたもさっき飲んだけど」
「うん。でも言ったろ? ミナミは客じゃないって」
「ふぅん・・・ま、いいけど」
美波は財布から千円札を1枚乗せた。
「お釣り、いらないから」
そう言ってコートを持ってスツールから降り、店を出た。エレベーターを待っていると店から健人が出てきた。
「見送りもいらない。他のお客さんについてあげたら?」
「いいじゃん別に。見送りぐらい」
ポーンと静かな音がして、するりとエレベーターの扉が開く。
「どうぞ?」
健人が左手で扉を押さえながら右手で美波を促す。一瞬だけ健人に視線を向けエレベーターに乗り込むとするりと健人も乗り込んだ。
怪訝な顔をしている美波に、あぁ、と呟いて健人は微笑む。
「下まで、ね?」
返事もせず黙って階数を知らせるランプを眺めていた美波に健人がくすりと笑った。
「また来なよ?」
「気が向いたらね」
エレベーターが1階に到着し、扉が開くと美波は一度も振り返らずにビルを出た。