4話 ナンパ
 店が終わり、美波はなんとなく大通りをぼんやりと歩いていた。



「ねー、これからヒマ?」



 ふいに背後から声をかけられた美波は無意識に振り向いた。

 視線の先にはニヤニヤと笑顔を浮かべる男がいるのを見て、美波は再び前を向いて歩き始めた。



「えっ!? シカト? ちょっと待ってよ。オレさ、近くでバーやってるんだけど、ちょっと飲んでいかない?」



 その男は弾むように歩みを進め、美波の前で立ち止まると体をぐんと折り曲げてニヤニヤしたまま美波の顔を覗き込んだ。


 行く手を阻まれ足を止めざるを得なかった美波は渋々立ち止まり、男の顔を真っ直ぐ見上げた。



「誰・・・、あんた?」

「ははっ。オレは仙道 健人。そっちは?」

「・・・ミナミ」

「そっか。じゃ、ミナミ。俺の店で飲んでいかない?」

「イヤ」



 ぷいっとそっぽ向く美波にちょっと笑い、健人は再びぴょんと美波の視界に入ってくる。



「だってヒマでしょ? ちょっとだけ飲みにきてよ」

「しつこい。私、お酒嫌いだから」

「ウソばっかり。別に変な店じゃないって、ちょっとだけ。ね?」



 あまりのしつこさに美波はうんざりした顔を向けた。

 健人はにやりと笑う。



「くくくっ。いいカオ。一杯だけならいいだろ?」

「一杯だけよ」

「了解。んじゃ、ついてきて」







 根負けした美波が健人に連れられてやってきたのは大通りに面したビルの5階。



「ここ、オレの店。先月オープンしたばっかなんだ」



 薄暗い店内に通された美波は物珍しそうにぐるりと店内に視線を移す。



「珍しい? ただのバーだよ。何飲む?」



 カウンターの中に入った健人はシェイカーを片手に微笑みかける。



「なんでも」

「そう? じゃあ」



 健人はじっと美波を見つめ、にこりと笑った。



「酒、強い方?」

「そこそこ」

「なるほど・・・ね」



 健人は意味有り気に笑い、慣れた手つきでシェイカーに材料を入れてシェイクする。



「あんた、シェイカー振れるんだ」

「当たり前じゃん。シェイカーも振れないで店出すヤツはいないと思うよ?」



 健人は静かにグラスに注ぎ入れ、すっと美波の前に置く。



「これ、何?」

「コスモポリタン。飲んでみ」



 言われて美波は中身を零さない様に静かにグラスを持ち上げた。



 ルビー色が酷く美しく見える。



 照明のせいだろうかと思いながらゆっくりと口に運ぶ。



「どう?」

「普通」

「またまたぁ? 美味しいっしょ」

「普通」

「そっか」



 健人は満足そうに微笑んでカウンターに肘を乗せた。



「あぁ・・・あんたも何か飲む?」

「オレ? いや、いい。メンパブじゃあるまいしさ」

「何? バーって客からご馳走になっちゃダメなの?」

「いや。今日は無理矢理連れて来ちゃったからね」

「あら、自覚はあるのね」

「一応ね?」



 健人はくくっと笑いちょこんと首を傾げる。



「ミナミって、顔に似合わず結構毒吐くね」

「そうね。って、やっぱり一人で飲んでもつまんないんだけど」

「そう? んじゃオレも飲もうかな」



 だから最初からそう言ってんじゃないの、と呆れた様にため息を吐き、美波はグラスを口に運ぶ。

 健人は何やら思案顔でトールグラスを棚から取り出した。

 何をするのだろうと美波は何となく健人の手元を見た。



 グラスに氷を入れ、材料を注いでステア。続いてソーダを注ぎ入れポンとレモンとチェリーを落とした。



「意外と可愛いもの飲むのね?」

「そ? 美味しいよ、これ」



 そう言って健人はグラスを持ち上げる。カチンと合わせ、キレイな音と振動が美波の持つグラスを揺らす。



「それは何?」

「トム・コリンズ。ジュースみたいで飲みやすいよ。飲んでみる?」



 健人はグラスを美波の目の前に滑らせ小首を傾げた。

 別に飲みたかったわけではないが、好奇心が勝り手を伸ばす。


 一口飲んで納得する。



「ホント、ジュースみたい」

「だろ? でも飲みすぎるとぶっ倒れる」



 くすっと首を竦める健人に美波はちょっと笑った。

 飲み口を指で拭き取り、グラスを健人の目の前に戻す。



 店内には何組か客がいて、どうもヒマそうには見えない。



「店、ヒマだから客引きしてたんじゃないの?」

「あれは客引きじゃないよ」

「じゃあ何よ?」

「ナンパ?」

「馬鹿でしょ、あんた」



 美波は思わず吹き出し白い歯をこぼす。

 奥の方で従業員が健人を呼ぶ声が聞こえた。



「ゆっくりしていきなよ。オレ、仕事してくるから」

「私の接客は仕事じゃないわけ?」

「そ。ミナミは客じゃなくてナンパだからね」



 健人はそう言って奥に引っ込んだ。



■筆者メッセージ
[用語解説]

※コスモポリタン
フルーティーな比較甘口なカクテル。某海外ドラマの影響で女性人気に拍車がかかったのではないでしょうか?

※メンパブ
メンズパブの略でスナックの男版みたいな物。

※トム・コリンズ
レモンスカッシュみたいなすっきりした味のカクテル。


用語解説を入れてみました。カクテル等の説明は作者個人の意見です。悪しからず。



拍手メッセージもありがとうございます。励みになります。


もちろん、途中になってた作品は始めから再再更新させてもらいます。とりあえず、明日には載せれると思います。

今後もよろしくお願いします。
鶉親方 ( 2018/08/11(土) 23:37 )