3話 果てにあるのは
「ね、美波ちゃん。麻衣ちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。この世界って、浮き沈みは必ずありますから」
美波は水割りを作りながら微笑む。それでも男は心配そうに麻衣に視線を送っている。
「安東さん、麻衣さんもお呼びしましょうか?」
「えっ!? いいのかい?」
「もちろん。少しお待ちくださいね?」
美波は柔らかく微笑んで軽く手を上げると、すぐに黒服がやってきて、美波の後方で膝をついた。用件を伝えると笑みを浮かべて客に頭を下げ、隅のテーブルでぼんやりしている麻衣を呼びに行った。一瞬驚いた表情をし、麻衣がゆっくりと席にやってきた。
「ご指名ありがとうございます」
「麻衣ちゃん、元気ないね」
「ご心配おかけしてごめんなさい。でも大丈夫ですよ」
麻衣は少し微笑んでイスに座った。そしてちらりと美波を見る。美波はそっと微笑んで男に声をかけた。
「安東さん、麻衣さんも水割りいただいてもよろしいですか?」
「もちろんだよ。そうだ、もう1本入れようか?」
「まだ半分も残っていますよ?」
美波はくすくす笑いながら薄い水割りを作り麻衣に手渡す。
グラスを受け取った麻衣は笑みを浮かべながら安東のグラスにカチンと合わせた。
会話が弾んできた頃、黒服が美波の後方で膝をつき、指名が入ったことを告げる。美波は黙って頷き、安東に声をかけてから別のテーブルへと移動した。
会話の合間を縫ってときどき麻衣の様子をちらりと伺う。安東にしな垂れかかる麻衣にこっそりため息を吐いた。
もう麻衣はこの世界ではやっていけないだろう。あんなに輝いて見えた麻衣の姿は、もうどこにもないことを悟った。
下世話な話をする客に笑顔を向け、水割りを作りながら相槌を打つ。
時折いやらしい笑みを浮かべて太ももに触れる客の手をやんわり外し、膝の上のハンカチで客のグラスにについた水滴を拭いた。
果たして自分はあと何年、この世界にいるのだろう
あと何年、こうしてトップに立つのだろう?
美波は客の話に笑顔を向けながらぼんやりと考えていた。
別に初めから期待はしない
いつ転落してもおかしくない世界に自分はいるのだ
自分もまた、“元No.1”という肩書きに縛られて生きていくのだろうか
そこにどんな意味があるのだろう
ここに、どんな意味があるのだろう
そう考えて馬鹿らしくなった。どうせ考えたって終わりはくる。
今はただ、この世界に生きるしかないのだから。