09
「先生なんか、先生なんか、嫌いだもん」
「すいません、朱里さん。機嫌直してください」
カフェテラスの椅子で、すんすん泣いている朱里に祐樹は困り果ててしまった。『幽霊屋敷』へと足を踏み入れたが朱里は終始騒いでいた。祐樹にとってはホラーの施設ならではの単純な仕掛けにほとんど驚きはしなかったものの、怖がりだった朱里は腰が抜けるほど驚く。
少し調子に乗りすぎてしまった。祐樹は頭を掻いた。こんな状況になること位、少し考えれば容易に想像出来ることだったが自分の中のサディスティックな心は朱里が怖がっている姿を楽しんでいた。
さて、どうしたものか。周りを見渡すとこのカフェテラスの店内の看板にデザートの写真が複数載っていた。こういう時は甘い物か。甘いものが嫌いな女の子は居ない。あの杏奈だってそうだ。
「朱里さん、お詫びに何か食べましょ。奢ってあげますから。それにここじゃ寒いですし」
「......いくつ頼んでいいの?」
涙目で祐樹を見上げる。
「そりゃあ、1個......」
「むっ」
言いかけた途端、朱里は祐樹を睨んだ。仕返しとはいえ生徒、ましてや女の子を泣かしてしまったことに責任を感じる、もう自分に言い返せることはないのだろう。大きな出費は免れまい。
「わかりました。好きなだけ良いですよ」
「わーい! 食うぞー!」
泣き顔がパッと笑顔に変わる。とりあえず機嫌を直してくれたようだ。この笑顔が見れるなら大きな出費は痛くも痒くもない気がした。
「おいしい!」
すっかり元気になった朱里は生クリームを口につけながらパンケーキを頬張っていた。甘いデザートが数種類があり、木のテーブルは埋め尽くされている。食べている姿とカフェの背景のコントラストから、アイドルの撮影さながらと祐樹は思った。
「先生も見てないで食べなよ」
「え、食べていいんですか?」
「だって先生の金じゃん。それにこれ全部食べたら朱里また太っちゃうし」
朱里は頬を触りムニムニと動かした。男の自分からすればふっくらしているままでも気にならないが、丸顔というものは本人にとったらコンプレックスなのだろう。
「朱里さんはそのままでも可愛いですよ」
「またそうやってお世辞言うんだから」
「本当ですって、朱里さんは魅力的です」
「え......朱里が魅力的?」
朱里はフォークを咥えながらじっと祐樹を見つめた。
「うん。朱里さんの笑顔とか気持ちが籠った言葉とか、たまに見惚れる時がありますよ。これ食べていいですか?」
「......いいよ」
祐樹は手前にあるクレープを手に取った。巻かれているものではなく、皿の上にクレープ生地が乗っていて、生クリームやアイスがトッピングされているものだった。
心が熱かった。ぎゅっと締め付けられるような感覚に朱里は襲われていた。元々、勝負をかけているつもりは無かった。転校した後で、気持ちが整ったらLINEででも言えばいいなんて思ってた。だが、今日を祐樹と過ごすうちにその気持ちは『逃げ』ということがわかった。
運命の日はきっと今日だ。