17
「うわ、何年ぶりだろ」
自分は場違いな所に居る。小さな部屋の中の装飾はそれほどまでに派手だった。ゆりあは慣れた手つきで液晶パネルを操作していた。
数分前の食事の際にゆりあは、『あっ!』と叫ぶと祐樹を見た。
「プリクラ撮ってない!」
慌てるゆりあを見て何事かと思ったが、そんなことか祐樹は笑った。彼女曰く、デートとプリクラは切っても切り離せないものらしい。その都度、思い出を残しておくことが大事なのだろう。
ゆりあは早々に溶けかかっているアイスを平らげ、祐樹を急かすと、再びゲームセンターへと戻るのだった。
「フレームどれにする?」
「うーん、別にどれでも」
「もー、また杏奈みたいに言いやがって」
フレームは町の風景を切り取ったものや、目一杯花柄が施されたものばかりだった。こんな派手な背景で撮るのなら、スマートフォンでツーショットの方がまだマシだと思った。
「よーし! 撮るよー」
軽快な音が流れると、アナウンスと共にカウンドダウンが始まる。ゆりあは隣にくっつくと顔のそばに右手でピースを作った。自分も慌てて左手を出し同じポーズをすると、カシャっとシャッター音が鳴った。
画面に映った写真を見ると自分の顔が多少変わっていた。祐樹は感慨深そうに見つめる。
「こんな風になるんですね」
「加工でもしなきゃブスなまんまだからねー。女子には必要なのだよ」
「ゆりあさんはそのまんまでも充分可愛いですよ」
「はいはい。お世辞はいいから」
「本心ですって」
聞く耳を持たずと言ったところか。再びささっとパネルを操作すると祐樹の手を引っ張り、撮影位置へと戻っていった。それから数枚写真を撮り、ゆりあは一枚撮る度に写りを確認していた。
「次で最後かな。祐樹、キスプリ撮ろうよ」
「へ? なんでですか?」
「何でって、別にいいじゃない」
腕を組んだゆりあは不服な顔で祐樹を見る。
「だって恋人じゃないですし......」
「そうかもしれないけど、お互いに恋人は居ないじゃん」
そんな理由でキスをしていいものか。第一に自分には杏奈が居る。恋人同然の存在だ。この前、杏奈の強い思いを知ってから、何があろうと一線を越えることだけは止めようと心に決めていた。無期限なのは驚いたがゆりあを受け入れたのも心の傷を治すためである。
「キスくらい大丈夫だって、ね?」
瑞々しい唇が誘惑している。それに気づいたのかゆりあは首を傾げ唇をパッと鳴らした。
「キスくらいじゃないですよ。キスはいろんなことの始まりなんですから」
「あのさ、はっきり言えば?」
「何をですか?」
痺れを切らしたようにゆりあは口を開いた。
「祐樹は杏奈と付き合ってるんでしょ? 隠したって無駄だよ」
「い、いやだから友達ですって」
ゆりあはゆっくりと祐樹に近づき両腕を掴んだ。
「......友達だったらさ、なんでこんなに祐樹から杏奈の香りがするの? おかしいよ」
「香り、ですか?」
「うん。私が死のうとしたときさ。助けてくれたでしょ? 初めて気づいたのはそのとき」
服の裾を鼻に近づけてみるが洗剤の匂いしかしなかった。そもそも服は毎日変えている。匂いでバレるなんて考えもしなかった。女性はそういうものに敏感なのだろうか。杏奈は香水はしない。じゃあ自分に染み付いているのは杏奈自身の匂いなのだろう。確かに彼女の匂いは上手くは言えないが心が落ち着くような匂いがする。
「祐樹と友達になりたいって思ったのも、杏奈の香りがしたからなんだ。人嫌いの杏奈が信頼してる男の人ってどんな人間なんだろうって興味あってさ」
「すいません......ゆりあさんと杏奈さんの関係が壊れたらどうしようって思ってしまって」
「そんなことで壊れないよ。でも、杏奈に悪いけどさ.......甘えさせてくれないかな」
祐樹がパッと顔上げた時にはゆりあは胸に飛び込んでいた。心臓がドクンと跳ね上がり、抵抗する前に柔らかい感触の身体が性欲を刺激する。
「寂しいよ......」