09
祐樹は屋上への階段を上っていた。黄昏るのは屋上が一番だ。
朱里達は気にも止めていなかったが、祐樹の内心は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。自分のせいで大怪我を負わせてしまった。いつも自分は爪が甘い。彼女達の気持ちを全部考えれていなかった。もしかしたら禁断の橋を渡るのを恐れ生徒を誑かした罰がまだ続いているのかもしれない。
錆びている扉を開くとガラガラと音が鳴った。乾いてひんやりと冷たい秋風を吸い込むと祐樹は背伸びをした。誰も居ない間延びした空間であるせいか眠くもないのに一つ大きな欠伸が出る。
落下防止の金網に手をかけ上から外を眺めた。また彼女達がトラブルに巻き込まれているんじゃないか、そう思ったからだ。もう非力な自分のせいで彼女達の身体が傷つけられるのは御免だ。異変を見つけた場合は全力ですっ飛んでいくつもりだ。だが、校庭を見渡す限りチーム火鍋の姿は見えなかった。杞憂に終わったことに安心した祐樹は金網から手を離した。
ふぅ、と一息ついた時祐樹の鼻が何かの匂いを感じ取った。植物の匂いというよりは人工的な花の匂い。つまり香水だろう。前みたいに島崎遥香が寝ているのだろうか。そう思った祐樹は屋上をじっと確認した。
「......ん?」
じっと目を細める。ピンクの服を着た誰かがこちらに背を向けて立っている。そのピンクの服は上着で何かの柄が載っている。どこかで見覚えがあった。祐樹は頭の中のファイルを高速で開いては閉じることを繰り返した。そこで1人ピンクのスカジャンを好んで着ている生徒を思い出した。
木崎ゆりあだ。そしてゆりあが金網の向こうに佇んでいることも分かった。
「まさか......」
祐樹は走り出す。ゆりあが屋上から飛び降りようとしていると思ったからだ。金網の中と外を繋ぐ扉に駆け寄った。施錠するための鍵とチェーンがバラバラに壊されている。元々古くて錆び付いてたので蹴りを得意とするゆりあが蹴り飛ばしでもすれば簡単に突破してしまうだろう。
扉をくぐると途端に恐怖心が襲ってきた。多少の塀はあるが祐樹の股の高さにも届いてなく気休めにすらなっていなかった。何かに躓きバランスを崩しでもすれば真っ逆さまである。
金網を伝いながら早歩きでゆりあが居た位置へと近寄る。早くたどり着かなければ彼女は飛び降りてしまう。そう思っていたが、足がすくんで上手く前へと進めなかった。
やっとの事で近づき祐樹はゆりあを目で捉えた。どうやら小さな塀に立っているゆりあは泣いているようだった。カシャンッと掴んでいた金網が音を立てた。その音にゆりあは振り向き祐樹に気づいた。
「木崎さん!」
「......来ないで!」
祐樹が一歩踏み出すとゆりあは声を荒らげ祐樹を睨んだ。これ以上近づけば彼女を刺激してしまう。勢いで飛び降りるかもしれない。どうしたらいいのだろう。
「......私に関わらないで」
ゆりあは少しだけ前に進んだ。もうつま先が外側に飛び出している。
「木崎さん......! 死ぬなんて絶対ダメです! 悲しいことや辛いことがあったかもしれないですけど、死んじゃダメです......!」
「あんたに私の何が分かんのよ。勝手なこと言わないで」
自分の言葉は見事に逆効果だったようだ。ゆりあは低い声を出しながら死への歩みを進め、左足が何もない空中へと浮く。その途端祐樹の心に杏奈が心の中に浮かんだ。
「杏奈さんはどうなるんですか!」
ゆりあの動きがピタっと止まった。
「ゆりあさんが死んじゃったら杏奈さんは一人ぼっちです。一番の友達を失って杏奈さんが悲しんでしまう......」
「......杏、奈」
ゆりあは上げていた足を下ろして、ほんの少しだけ後ろに下がった。
今だ。死ぬことを躊躇った今がチャンスだ。祐樹は意を決して一気に走り出し、ゆりあを後ろから腹部に腕を回し引っ張った。
「きゃあっ!」
金網に背中を打ち付け、暴れるゆりあを抱きかかえたまま座り込んだ。
「離して! 離して!」
「ぐっ......」
ゆりあの肘が祐樹の体に何度も直撃した。それでも離してはいけない。離したらゆりあは死んでしまう。
激しい抵抗に耐えながらゆりあが落ち着くの待った。