02
教室に入り早々、杏奈は祐樹を壁へ押し付けた。そして杏奈は祐樹の胸に顔を埋める。
さっきまでトゲトゲしいバラだった彼女は、甘えたがりのシャム猫に姿を変えようとしている。
「んっ......んー......」
「ダメですよ。杏奈さん。誰かに見られてしまいます」
もしかしたら朱里達が忘れ物を取りに戻ってくるかもしれないし、誰かがここを通るかもしれない。柔らかい感触に犯される前に祐樹は引き離そうとした。
「大丈夫だ。周りからは人の気配はしない。しばらくは誰も来ない」
「そう、ですか」
閉まっていた蓋が開いた。そんな感じだろう。見られないことが分かると緊張して動かなかった腕を杏奈の背中に回し彼女を抱きしめた。
腕にクッと力を入れ、杏奈を自分の身体に押し付ける。細身な身体ではあるが胸もそれなりに大きい。我ながら変態性だ。そう思いながらも身体を堪能せずには居られなかった。
「んっ、ずっとこうしていたい......」
「僕もですよ」
「......以外と呑気だな。これからお前の恋人になる人間は私のことを受け入れなければならないのだぞ」
ある意味、杏奈は許婚みたいなものか。デートをした時、てっきり恋人関係を望んでいると思っていたが杏奈が提示したのは『それ以上の関係』だった。『恋人を超えた関係。だから別れることもない。お前が何と言おうと私は一生お前から離れない。だが恋人ではないから恋人を作ってもいい。その恋人と結婚もしていい。しかしその恋人には私のことを受け入れなければならない』
まるで『セフレ』のような関係になってしまうと思ったが、杏奈の中では決まり事がいくつかあるようで学校を卒業するまでに考えるという。
そういった理由から恋人が出来た時には杏奈のことを説明しなければならない。まずそれ以前に自分は恋人を作っていいものか。
「杏奈さんと一緒になりたいって言ったのは僕なんですから。逆に杏奈さんはどうなんですか? 気持ちが変わったりしそうですけど」
胸の中で甘えるシャム猫の頭を何度も撫でる。やけに大人びているが年頃の女の子なのは間違いない。青春時代に恋愛をしてこなかった分、今は目の前のことしか見えなくなっているのだ。大人になるにつれ、それが分かってくるだろう。寂しいが自分から離れていくのもそう遠くはないのかもしれない。
「やはり変わってしまうものなのか......私がお前のことをこれだけ好きでも」
「そんなものですよ。特に女の子は初めての感情に溺れてしまうことは多いと思います」
祐樹の服をギュッと握った杏奈。かすかにだが震えている。
「不思議だ。お前はあの時、私が他の男に取られることを嫌がっていたのに」
「そりゃあ、杏奈さんがずっと僕と一緒に居てくれるなら嬉しいです。僕には勿体無いくらいです。でも杏奈さんが大人として立派に成長してくれるのも嬉しいんですよ」
自分には美音や朱里といった仲間達が居るという余裕からなのか、自然と教師らしい言葉が出る。こういうのを女性を誑かすというのだろう。
「......怖いんだ」
「怖い?」
「この感情が消えてしまうかと思うと、怖いんだ。こんなに暖かい気持ちを私自らが放棄してしまう瞬間が訪れるのか」
今は失うことがこんなに怖いのに、大人になるとそれすらも慣れてしまうのだろうか。杏奈は顔をぐっと埋め、自分の未来を悲観した。
「嫌だ......大人になってお前のことを忘れてしまうなら、このままで居たい」
杏奈のことを楽観視していたかもしれない。杏奈は子供ながら自分のことをしっかり考えてくれていたようだ。だったらこっちも同等の愛情を注がなければ。
「杏奈さん、そういう時は自分を信じれば良いんですよ」
「信じる......?」
「そうです。信じていれば望みは叶います。信じてくれれば、僕もそれに必ず応えますよ。杏奈さんは大切な人ですから」
「......全く、単純だな、子供じゃあるまいし。でも、そういう単純なところが好きだ」
杏奈は笑顔で祐樹を見上げた後、再び顔を埋め、ゆらゆらと揺れ始めた。祐樹も身をまかせるように杏奈の身体を受け止め何度も頭を撫でる。
いつもは冷静で冷たい言葉を吐く彼女の身体が少しだけ暖かくなったような気がしていた、