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「ホントに? 結構力任せに殴ったんだけどな」
「だとしても一発だけでしたし、何発もだったら支障を来してますけど」
彩希は作った拳をじっと見つめていた。その拳を見た途端祐樹の中で殴られたときの記憶がフラッシュバックする。思わず目を背ける。
「そういえば今何時ですかね」
「ん? えーと12時前かな」
手元にあった携帯電話を彩希は確認した。今時のスマートフォンではなく俗に言うガラパゴスケータイを持っていた。スマートフォンより料金が安いのだろう。
「もうそんな時間でしたか。明日も仕事なんですよ」
「え、明日土曜日だよ? 学校休みじゃん」
「村山さん達は休みでも教師はやることがあるんですよ。って言っても午後からなんですけどね」
午後出勤だからこそ、泊まる余裕があった。朝早めに起きて自宅に帰って準備をすればいい。そこからまた学校に向かっても十分間に合う。
「そっか。ワガママ言ってごめんね。じゃあお風呂の準備するね」
「大丈夫ですよ。このまま寝ますから」
シャワーは部屋に帰ってから浴びようと思っていた。それに女性の部屋で入浴するのはどこか恥ずかしかった。
「遠慮しなくていいよ。大体兄貴も入ったりしてるから男が入るのはこっちも抵抗ないし」
そういえば彩希は2人暮らしだ。それを思い出すと祐樹の中の抵抗も少し無くなった気がした。
「でも、着替えが無いんですよね。突然でしたから」
「それも大丈夫。兄貴のがあるから」
「いやそれはまずいですよ。人のを着るってのは……申し訳ないんで」
祐樹は手を振って制する。
「兄貴さ、昔から服を沢山持っててさ。一回も着てないモノもあるんだよ。だから私も家に居る時は兄貴の着てない服で過ごしてるんだ。それとも先生は潔癖性ってやつ? あ、でも潔癖性だったら風呂入りたがるか」
そこまで言われれば彩希の好意を無下に断るわけにはいかない。実際、一日中汗をかいて仕事をしている。本当は身体を洗ってから眠りに付きたかった。おそらく、このままでは快適な睡眠は得られなかっただろう。
彩希に感謝をして祐樹は脱衣所へ向かった。