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夏休みももうすぐ終わる。生徒達は宿題を済ましているだろうか。おそらく1ページもやってないだろう。カバンの中に閉まって未だにカバンの中で眠っているかもしれない。というか授業をあまり訊いていないから問題を見ても分からないかもしれない。なるべく分かりやすく簡単な問題を並べたつもりだが、あの子達にとったら眠たくなるだけの紙切れかも。学校に集めて勉強会を開くのも考えねば。
職員室で資料を作成していた祐樹は、机に立てかけてある小さなカレンダーに目を通した。あと1週程経てば夏休みが明け、学校が始まる。だが祐樹は遠距離恋愛でもしてるかのように心は待ち通しかった。勉強会はあの子達に会う為の口実でもあった。自分に対して好意的なのは素直に嬉しい事だったし、だからこそ彼女達をサポートしてあげたいという気持ちが生まれた。
「やべっ、時間だ」
ふと、職員室の時計を確認すると予定の時刻が迫っていることに気付いた。祐樹は椅子から立ち上がり鍵が収納されている箱を開けた。赤いプラスチックのパネルが付いた錆臭い鍵を一つ取ると荷物を幾つか抱え、職員室の扉を開ける。
むわっとした熱気が祐樹の身体に当たり、思わず顔をしかめた。8月に入ってから最高気温は猛暑日に達した日が続く様になっている。
ニュースで、今年は今まで一番暑い夏になる。と言っていたがこのセリフは毎年言っている気がしていた。都会のコンクリートジャングルのは違い、ここは自然が多い田舎だがうだるような暑さはどこへ行っても同じかもしれない。エアコンの効いた涼しい職員室から外に出るのを躊躇ったが約束があるために出ないわけにはいかない。祐樹は決心すると、熱気で溢れる廊下をズンズンと歩いて行った。
2階の落書きだらけの廊下を歩く。最初の頃は、壁にびっしりあった落書きに恐怖を覚えていたが、今となっては少しも気にならなくなった。時間が経てば見慣れてくるものだ。
奥の方に進み、目的の場所に着く。錆び付いた鍵を差し込みゆっくり回すとガリガリという音が聴こえた。大きめの引き戸を開けると廊下以上の熱気が祐樹を襲う。ここを開くのは一週間ぶり。元々あまり使われていないためにホコリっぽさがいつまでも残っていた。
この地獄のような空間から抜け出したい祐樹は急いで窓を開けた。涼しい風が勢いよく入ってくるとテーブルに置かれた本のページがパラパラとめくれた。
約束の場所はこの図書館だ。ヤンキー高校にとって一番縁遠い施設かもしれない。だが新しい本は次々と入って来ている。祐樹は図書館管理の担当に抜擢されていた。元々は別の教師が担当していたが、祐樹の担当クラスに、この学園で唯一図書館を利用している生徒が居る為、いつの間にか担当を任されてしまった。普通であればいつでも利用出来るが今は夏休み。夏休みの間も利用したいとその生徒から要望を受けたので、お盆休みを除き、1週間に1日だけ開けることにした。
待ち合わせ時間は午後1時。あと10分程だ。それまで掃除でもしてようか。
祐樹は建て付けの悪い掃除用具のロッカーを力を掛けながら開けると、箒を出し床を掃き始める。
この学園内でヤンキーながら一番真面目な生徒、岡田奈々を祐樹は待っていた。