第三章/杏奈
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 相変わらず気温は30℃近くまで上がっていた。コンクリートの照り返しをまともに受けながら杏奈は学校に到着する。由依の声掛けがあったのは祐樹と出かけてから一週間後のことだった。真面目な由依は心身共に弛んではいけないとラッパッパの集会を開くことにしたのだ。無論、遥香は参加しない。杏奈は相変わらず出不精だったがゆりあに会える良い機会だと思い、手にゆりあへのプレゼント持ち、家を出た。

 額の汗を拭いながら階段を上りラッパッパの拠点、音楽室の扉を開くと湿ったカビ臭い匂いが漂った。扉を開いた音に気付いたのか、奥の部屋から李奈が勢い良く出て来た。

「おー、ヨガ! 久しぶり!」

 いつもなら煙たがっている李奈の子供のような表情も杏奈にはとても懐かしく感じた。だが同い年としては五月蝿過ぎる。なので杏奈は李奈を中学生として見ていた。そうすると自分に可愛い妹が出来たようなそんな気持ちになった。

「久しぶりだな。おたべとマジックは?」

「おたべは職員室。マジックはまだ来てねえよ」

「そうか」

 集合時間まで残り数分も無いが、ゆりあは絶対に来ると杏奈は確信していた。きっと不貞腐れた顔で文句をダラダラ吐くだろうが、なんだかんだ言ってゆりあはラッパッパを大切に思っている。

「そういや、その紙袋はなんだ? あっ、ウチへの誕生日プレゼントだろ! 」
 
 李奈は杏奈の紙袋を見ながら身体をピョンピョンと動かした。こいつはいつも話を聞かない。こういうところを直せばもう少し可愛気があるのに。だからと言ってそれをバカモノに指摘しても無駄だ。杏奈は溜め息を吐いた。

「違う。大体にしてお前の誕生日はまだまだ先じゃないか」

「もう、そんな遠慮しなくていいぞ」
 
 言葉を躱した杏奈はソファーに座り足を組む。子犬のような表情で李奈は杏奈を見つめた。



「おっ、ヨガも来たんか」

 滑らかな喋り口調は心に沁み入るような気がした。杏奈は声が聴こえた方向を見る。そこにはスカートの丈が長い制服を着た由依が居た。遥香ほどではないかもしれないが、由依の美貌とオーラに見惚れるときが多々あった。日焼けを気にするようになったもの由依の影響だ。今日も由依は白く透き通った肌を保っている。

「おたべ。バカモノと私を2人だけにするな。こいつの子守りはおたべの役目だろう」

「子守りって、あんたら同い年やろ? おもろいこと言うなあ」

「ヨガが誕生日プレゼントくれないんだよ〜」

「だから! お前の誕生日はもっと先だろ!」

「まぁまぁ、落ち着きやヨガ」

 由依は李奈の頭をポンポンと撫でる。どう見ても親と子くらいにしか見えない。確かに由依は歳上というのもあるのだが、こんなにも違うか。

「全く。おたべは甘いんだよ」



 集合時間を15分程過ぎたところだ。3人でワイワイ喋っていると、由依がふとドアを確認した。すると音楽室のドアが開いた。

「マジックが来たようやな」

 由依の言葉に杏奈は身体を起こした。隣に置いてあった小さな紙袋をギュッと掴む。もう長い付き合いなのに、慣れないことをするせいか杏奈には緊張感が押し寄せていた。


「はぁ。こんなクソ暑い日に集会なんか開くなよ」

 案の定ゆりあはスマートフォンを弄りながら由依に文句を吐いた。顔も不貞腐れている。学校指定の白いワイシャツに短いスカート姿のゆりあ。いつもと変わらぬその姿に杏奈は嬉しさを覚えた。

「夏は暑いもんやろ。こういう日に集まった方が心身ともに鍛えられる」

「ちっ。おたべがバカモノみたいに体育会系とは思わなかったよ。あっ、ヨガおはよ〜」

「ああ。おはよ」

 杏奈を見つけたゆりあは一瞬で不貞腐れた表情が笑顔に変わった。小走りでかけよると杏奈の隣に座る。


「なぁ、マジック」

「なに?」

「これ……。この前の、お返し、なんだ」

「ふぇ、お返し!? マジで!」

 ゆりあは目をまん丸にして杏奈を見つめる。杏奈はそういうキャラじゃない。

「私なりに選んでみたんだ」

「まさか、ヨガがプレゼントを渡すなんて……。ありがと、杏奈!」

 細く柔らかい杏奈の身体にゆりあは抱きつく。ゆりあの仄かな香水の匂いに加え、ゆりあ自身の柔らかい香りが心地いい。

「なぁ、ゆりあ。今度アイスクリーム食べに行かないか? 美味しい所を見つけたんだ」

「アイスって……ちょ、杏奈どうしちゃったの?! 甘いもの苦手だったじゃんか」

 2人で遊ぶときも杏奈が甘いものに興味を示したことなどなかった。ゆりあにはここ数日、見ないうちに杏奈が急激に成長したように感じた。

「プレゼント探してたら、たまたま見つけたんだ」

「おっ、ウチもアイス食べた……むぐっ」

 一部始終を見ていた李奈が会話に入ってくる。杏奈は李奈を睨み、ほほをつまんだ。

「お前には言ってない」


「なら、今からそこに行かへんか? ウチが奢るさかいに」

 摘まれてヒリヒリする頬をさすりながら李奈は由依に目を輝かせる。由依は財布を取り出した。

「今から行くのか!? いっぱい食べていい?」

「アホ。1人1個までや」

「集会はどうするんだよ」

 杏奈が問いかける。

「集会はそこでも出来るやろ? バカモノは行く気満々やし」

 あとで2人で行こうとしていたが、この4人で行くのも楽しいかもしれない。杏奈にとってラッパッパは家族のようなものだ。

「杏奈、行こっ」

「……そうだなっ」

 ゆりあは杏奈の手を引き、誘った。

「よーしいっぱい食べるぞ!」

「だから1人1個や言うてるやろ」

 由依が李奈の頭を叩き、杏奈とゆりあはそんなやり取りを見て笑った。
この4人で居ると自然に笑える気がする。友として仲間としてライバルとしてラッパッパの絆はとても強いのだ。

 

■筆者メッセージ
なんとなくなんですけど、自分も多少匂いフェチってやつですね
京都弁も「さかいに」って言うんですかね?

次の話で最後っす〜

00:19分に拍手メッセージくれた方
自分なりに頑張ります。あと、拍手メッセージ書く際に是非名前を記入してくださると嬉しいです。
オレンジさん
そう言ってくれると嬉しいです。
おたべが出るかどうか、僕自身も分かりません笑 まだ何も決まってませんので。ゆいはんは普通に好きなメンバーなんですけどね。おたべになると難しくなります
ハリー ( 2016/05/22(日) 13:18 )