19
じっと祐樹のことを見る。もう少し抱き合っていたかった。さっきまでの温もりが徐々に消えていき、杏奈は途端に寒さを感じて、身体をさすった。
「すいません。僕は教師です。生徒と関係を持つわけにはいきません」
杏奈の目線に耐えきれず祐樹は目を逸らした。声も弱々しい。既に2人の生徒と関係を持ってしまっている。祐樹の言ったことは矛盾していた。
「……そうか。まあ、合格点だな」
「合格点?」
「私はお前に好意を持ち、身体を好きにしてくれてもいいと言った。それなのにお前は立場を守った。合格点だろう」
杏奈は祐樹に背を向け腕を組み話し始めた。
「つまり僕を試してた、ということですか?」
「いや。強がりを言っただけだ。ここで私に卑猥なことをしても良かった。お前に大事にされたかった。何故なら、私の初恋だからな」
背を向けて話しているのは照れ隠しなのか。少なからず口調は何も変わらないが、今までの杏奈から想像出来ないような言葉が次々と出てくる。
「……恋愛に興味無いと言ったが、最近そういうものが羨ましく見えてな。おかげで恋愛というものを味わえた。いい気分だった」
灰色の空は未だ雨を降らせていたが杏奈の心は雨上がりのようにスッキリとしていた。冷静沈着な自分にやはり恋愛は似合わない。
「杏奈さん」
祐樹は杏奈を名前で呼んだ。振り向いた杏奈の手を握る
「なんだ……」
「あの、お願いなんですけど……その、えーと、杏奈さんが卒業したら、またこういうこと……しません、か? 卒業するまでそのままで居てくれませんか。そうすれば立場も関係なくなりますし」
祐樹は回りくどい言い方をした。というより回りくどい言い方しか出来なかった。杏奈の表情を恐る恐る確認した。男として最低なことを言っているのは分かっている。だが、杏奈が他の男に抱かれるのは胸が痛む。
「やはり男は汚らしい生き物だな。私の身体を結局は欲しているのだろう?」
「……すいません。そういうつもりは全く無いんですが、そうなっちゃいますね」
そんな言い方をしても全てお見通しのようだ。杏奈の視線は元々冷たい。無表情だから尚更冷たく感じていた。
「言っておくが、私はそんなすぐに卒業するつもりはない。それでもいいか?」
「留年するつもりですか……って、え?」
祐樹は顔を上げる。
「一回きりの関係になるか。それとも恋人にするか。それは私が決める。それでいいな?」
「あっ、もちろんです!」
不純なことと分かっていても安堵している自分がいる。思わず杏奈の手を引き抱きしめた。
「んっ、なぁ、雨が止むまでこうしていたい。それぐらいならいいだろ?」
熱い吐息が祐樹の首筋にかかり、杏奈は甘い声を出した。杏奈はどんな喘ぎ声を出すのだろう、意外と何でも受け入れてくれるかも。
「杏奈さんって、意外と甘えん坊なんですね」
「うるさい……。他の人間には秘密だぞ。言ったらどうなるか分かってるだろうな」
脅し文句も今は心地よく聴こえる。祐樹の頭は卑猥なことでいっぱいだ。
この子が卒業するまでに計画するもの楽しいかもしれない。
まだ降り注ぐ雨。その雨音の中、胸の中で甘えているシャム猫の頭を優しく撫でた。