16
雨は本降りになった。雷鳴は聴こえてなかったが、こんなに降るのは夏に入ってから初めてかもしれない。天気予報も当てにならない。祐樹は公園の大きな屋根があるベンチに座って空を見上げていた。隣には杏奈が足を組んで座っているが、2人の間には多少距離があった。また何か読み取られるのではないかと、戦々恐々としていた。
「怒っているのか?」
「……そういうわけじゃないですけど、恐いですよ。人の心を読むなんて」
「すまなかったな。正直、からかったのは本当だ。試しにと思ってな」
杏奈は微笑む。
「試しで人の心を覗かないでください……もう手なんか繋げませんよ」
「大丈夫だ。覗こうと思わなければ、覗けない。使い分けが出来るからな」
諭すように言われても、その超能力のようなものがある限り祐樹は納得など出来ない。自分の手をじっと見る。微かに杏奈の温もりが残っていた。
「入山さん、人付き合いとか大変だったでしょ」
「まあな、元々私に近づく物好きなど居ないが、汚いものは人より沢山見たかもしれないな。だから恋愛には興味がない」
毎回人の心の悪い部分ばかり見てしまっては、男なんてものは汚物の塊の様に見えるのだろう。杏奈が恋愛に興味を持たない理由が分かった気がした。
「それなのによく木崎さんと友達で居られますねえ。いろいろ大変だと思いますが」
祐樹は皮肉を言った。心を覗かれたことに対してのささやかな復讐のつもりだった。
「またマジックか。貴様は本当にマジックが嫌いなんだな」
「教師としてこんなこと言ってはダメなんですが、嫌いというより苦手ですよ。学生時代だったら絶対友達になれません」
「……私もな、何故かすり寄ってくるマジックが不思議だったよ。マジックは損得で物事を考えている人間だと思っていたからな」
面談時にゆりあに抱いた印象と同じだった。祐樹にはなにも得などない。だからボロカスに言ったのだろう。
杏奈は続ける。
「どうせ上辺だけの関係だろうと思っていた。マジックには恋人も居るのだから、私と馴れ合う意味も無いしな。だから、何を考えているか知りたくなったんだ。ラッパッパの連中は私の能力を知らなかったしな」
「ヘー、知らないとは意外ですね。それで、どうだったんですか?」
「ああ。マジックと手を繋いだ際に心を覗いた。そしたらな」
杏奈が一瞬言葉を詰まらせる。ふっと上を見上げた。
「……私のことを本当に友達だと思ってくれていたんだ。汚れも何も無かった。心から想ってくれていた」
意外な答えに祐樹は驚く。あの奔放な子にそんな一面があるのか。信じられなかった。
「汚れていたのは私の方だったよ。だから、ゆりあのことをあまり悪く言わないでほしい。もちろん貴様の言いたいことも分かる。でも理解してほしい」
今まで『マジック』と呼んでいた杏奈が『ゆりあ』と呼び名を変えた。2人で居るときは名前で呼び合っているのだろうか。
「……分かりました。入山さんがそう言うなら」
そう言った祐樹だが心の中では殆ど受け入れられなかった。しかし自分が好意を持った生徒の言葉。受け入れないわけには行かなかった。