21
「なんで、なんで言ってくれなかったの?」
地面に座っていた真子の手を引き、立たせる。真子の瞳からは涙があふれていた。
「……南那が、嫉妬しちゃうって思ったんだ」
南那は真子が母子家庭ということも弟が居るということも知っていた。ただ、真子の家に泊まったことはない。家庭に余裕が無いことを分かっていたから遠慮していた。弟を見たことも実は無かった。それなのに真子は言えなかった。その原因は南那が嫉妬してしまうんじゃないか、ということだった。弟を溺愛している、南那が知ったらどう思うのだろうか。別になんてこと無いと思ってくれるかもしれない。だが、もしかしたら南那が嫉妬して私のことを嫌いになるかもしれない。その可能性が1パーセントであるのならば、恐くて言えなかった。
「バカ。真子のバカ。そんなことで嫌いになるわけないじゃん」
「すごい恐かったんだ、私には南那しか居ないから……」
南那は真子の言葉に驚く。全く同じことを思っていたからだ。
「南那が寂しかったなんて気がつかなかったよ、ごめん……」
昨日、亜粗美菜でみなみが言っていたことは合っていた。真子に強く抱きしめられた南那も涙を流す。真子は自分のことを裏切ってはいなかった。じゃあ、自分はどうなのだろう。寂しさのあまり、あの教師と身体を重ねてしまった。これは真子を裏切った行為じゃないか。南那は徐々に後悔の念が沸いてくる。
「ごめんね、南那……」
わざわざ言わなくてもいいのかもしれない。このまま昨日の晩のことを秘密にすればいい。南那はそっと心の蓋を閉じようとした。だが、蓋は閉じる瞬間で止まった。これじゃあなにも成長してないじゃないか。
「南那?」
一点を見つめている南那を不振に思った真子は顔をじっと見つめる。それに気付いた南那は真子の身体を離し、俯いた。
「あのね、真子」
心臓がバクバクと高鳴っている。南那は思わず胸をさすった。はぁはぁ、と過呼吸になりそうだった。
「大丈夫?……南那」
「あのね、私さ、昨日、セックス……しちゃったんだ」
「えっ……」
真子の目が一瞬大きく見開いた。
「言い訳にならないと思うけど、寂しくてさ、甘えちゃったんだ」
「もしかして、あの先公……?」
南那は頷く、あの先公とは祐樹のことだ。許される事実じゃない。修復しかかってた真子との関係はこれで終わりかもしれない。
「そっか、南那は大人になったんだね」
予想とは反し、南那に掛けられた言葉は柔らかかった。顔を上げるとそこには優しい表情をした真子が居た。
「真子……」
「ふふ、私に嫌われると思ってたでしょ? 南那が私のこと想ってくれてるならそれでいいんだ」
「本当に? 真子のこと裏切っちゃったんだよ?」
「裏切ってなんかないよ。南那をほっといた私がいけないんだもん」
心がスッと軽くなったような気がした。今まで溜まっていたものが涙となって溢れ出て来たのか、南那の涙は止まらなかった。真子は南那を抱きしめる
「あーもう泣き虫さんなんだから……、私さ、これからずっと一緒に居たいから、南那も一緒に居てくれないかな」
「当たり前じゃん! 真子のこと大好きだもん」
涙でぐしゃぐしゃになったお互いの顔は笑顔だった。久しぶりに感じたお互いの温もり。その温もりに浸るように2人は強く抱き合うのだった。