08
南那は祐樹に対して包み隠さず全て話した。それは祐樹にとって予想外のことだった。なぜなら南那が心を開いているとは思っていなかったからだ。だがそのおかげで全容を把握することが出来た。2人の生い立ちから、ここ最近の出来事に加え、泣いていた理由。そして2人の性事情までも。祐樹は思わず性器が反応する。
「しょうがないんだ、私がいつまでも真子に甘えていたから……」
南那は自分自身を責めていた。お互いどれだけ好きだろうと、結婚することは出来ない。後々、友人関係は続いても、お互い恋人を作って今のような濃密な関係は恐らく消える。いつかは訪れることなのだ。それを中学時代から南那は思っていた。なのに自分は真子に甘えてばかりだ。ずっと子供だった。
「つまり、大和田さんが考えていたことが小嶋さんに早めに訪れてしまったってことですね」
「うん。分かっていたことなんだけどな……やっぱり離れたくない」
祐樹からしたら16歳のときの悩みなど、今になれば『馬鹿馬鹿しい思い出』になる悩みが多かった。南那も20歳になる頃には自然と真子からは離れて良い距離感になるんだろう。だからと言って適当なアドバイスは出来ない。少女が悩み苦しんでいるのは今なのだ。
「嘘までつかなくてもいいのに」
南那の瞳には再び涙が溜まっていた。
「そうだ。思い切って聞いてみるのはどうですか?」
祐樹が発言した瞬間、男勝りの声とともに祐樹の後頭部にとてつもない衝撃が走った。
「出来るわけねーだろ!」
「痛っ!!」
後ろには、手をタオルで拭いているみなみが立っていた。後頭部を叩いたのもみなみだった。厨房での作業が終わりいつのまにか後ろに潜んでいたようだ。気付かなかったのは小柄なせいか。
「みなみさん、聞いてたんですか?」
「客はお前らしか居ねえんだ。厨房まで聞こえてたよ」
みなみは『はぁ』と溜め息をつくと南那の隣に座り、小さい子供をあやすように頭を撫でる。
やはり元ヤンキーだけあって、叩いた力は相当なもの。正直撫でてほしいのはこっちの方だ。祐樹は後頭部をさすった。
「全く。聞けないから南那はこんなことになってるんだろ?」
「そりゃあそうですけど。」
女子校の教師でありながら、女同士の悩みは苦手分野そのものだ。自分自身、男同士の悩みだってまともに解決出来ないのに、こんなデリケートな悩みに答えなんてあるのか。
「先生さ、2人の間に入って話を聞いてやりなよ」
祐樹はみなみの言葉を聞き、頭をさすっていた手を止める。
「え、僕がですか?!」
「ほかに誰が居るってんだよ」
みなみはからかうような口調だが目は真剣そのものだった。
「男の僕が解決出来る問題ですかね」
みなみは、うーんと唸ると口を開いた。
「本人達の問題だから出来ないかもね。けど、こういう時はきっかけが必要なんだと思う」
「きっかけ、ですか?」
「そう、きっかけ。今のところ南那は、南那自身が見た情報でしか喋ってないだろ? もしかしたら南那は勘違いをしてるかもしれない。その真子って子の方もたまたま南那に説明するタイミングが無かったかも知れない」
南那がみなみの方に身体を向く。
「でも、学校のときは、いつも、一緒に居るし……」
南那の声は鼻声で軽い引き付けを起こしていた。
「お前は恐くて聞かなかったんだろう? だから真子は南那が理解してくれていると勝手に思ってるんじゃないか? 信頼してる相手だからこそ勝手に思ってしまうものだよ。相手がモヤモヤしているなんて気付かないのさ」
そう何も言わなくても分かる関係など実際は存在しないのだ。祐樹も思っていた。
だから、とみなみは続けた。
「先生の言った通り、思い切って聞いた方が良いんだよ」
みなみの言葉に祐樹は驚く。この提案はほんの数分前に否定されたばかりだ。
「え、みなみさん」
「そのかわり先生が南那の背中を押すんだ。そして2人の間に入るんだよ。南那は言いたいことを言えばいい。先生がなんとかしてくれるから」
祐樹にとって、無茶苦茶なことを言うみなみだが、説得力はあった。溜息をつくと、そうですね、と言葉を吐く。
「南那も頑張るんだよ。真子を信じてるならそれでいい」
「……はい」
みなみは南那の頭をポンポンと叩くと立ち上がった。
「さて。お前らいい加減帰れ。もう10時だぞ」
みなみの言葉で祐樹は腕時計を見た。亜粗美菜に来てからこんなに時間が経っていたのか。窓の外を眺めると煌々と光っているのは街灯だけで店は全て閉まっていた。
「大和田さん、家まで送って行きますよ」
カバンを抱え、立ち上がった祐樹だが南那は俯向く。
「家に居ても真子のこと考えるだけだもん……」
「だからと言って帰らないわけには行かないです」
「親には真子の所に泊まるって言ってあるんだ」
「だからって」
傷心の南那であっても我儘に付き合うわけにはいかない。ここは教師として帰らせなければ。そう思ったときだった、
「だったら先生の家に泊まればいいじゃないか」
「は、ちょ、何言ってるんですかみなみさん」
みなみの言葉に祐樹は動きが止まった。この人は急に何を言い出すんだ。
「名案じゃないか。別に泊めるだけなら減るもんじゃないだろ? 先生一人暮らしなんだし」
「そうじゃなくて!」
「別に私はかまわないよ。気にしないし」
止める間もなく話は進んで行く。
「ええっ、大和田さんまで」
「よし。決まりだな。というかこれ以上この店に居座るならどうなるかわかってるな?」
みなみの指からポキポキと音が鳴る。その目はライオンが獲物を狩るときの様な目をしていた。