01
もう少しで夏が始まる。廊下を歩いていた祐樹は窓から入ってくる暖かく湿った風に季節の変わり目を感じていた。新学期が始まった頃、春が留まっている最中に教師の仕事を放り出そうと思っていたが、春が終わりそうな今、放り出さずにいる。教師としては何も充実していないのに未だに仕事を続けていられる理由はやはり美音にあった。
あの日ある意味、一線を超えた美音とはあれから一番話す仲となった。気になる女子が居るだけで学校が楽しくなるのは学生時代然り、教師になっても同じようだ。祐樹はあの日のことを思い出すと自然と顔が綻んでくる。
「なにニヤケてんだ気持ち悪い」
「うわ! 朱里さん!」
目の前にビニール袋を持った高橋朱里が居た。下を見て歩いていた為に朱里に気付かなかったようで祐樹は心底驚く。
「びっくりした…….朱里さん、買い出しですか?」
「そうだ。火鍋の具材を買いに行ってた」
「はぁ、火鍋も良いですけど、ちゃんと授業も受けてくださいね」
「あ〜ん? ちゃんと出席してんだろ? 特に先生の授業は」
美音と仲良くなったからか祐樹は自然とチーム火鍋の生徒達とは打ち解けていった。火鍋の生徒達は美音と同様、いつの間にか祐樹のことを『先生』と呼ぶようになった。
しかし授業中の態度は相変わらずである
「そうですけど、授業中火鍋食べてるだけなんて出席とは言いませんよ」
「先生の授業より火鍋の方が大事だ。居るだけでありがたいと思え」
朱里は指を指すとスタスタと祐樹の横を通り過ぎた。
次の時間は祐樹が担当するクラスでの授業だった。
朱里は『居るだけでありがたいと思え』、などと言っていたがチーム火鍋は全員出席していなかった。
「岩田さん、火鍋の皆さん知りません?」
「あ? 火鍋? 知らねえなあ。どっかで火鍋してんじゃねえの?」
祐樹のクラスの生徒である岩田
華怜に聞いてみたが、帰ってきた答えは予想通りだった。
岩田華怜は前、ぶつかって祐樹に因縁をつけた生徒でもある。
「まったくあの人達は」
祐樹は溜め息をつくと授業を始めた