05
祐樹はいつも出勤時に通っている道を歩く。
春も終わりに近づき、多少薄着でも寒さを感じなくなっていた。
そんないつも通っているなんの変哲もない道だが、祐樹にはとても明るく感じていた。
こんな気持ちは久しぶりだ。憧れのあの子からデートに誘われたようなそんな気分だ。
意識しなければ顔が自然と綻んでしまう。
だが、一度誘われたくらいで変な期待をしてしまう自分に祐樹は飽きれてもいた。ましてや今回の相手は自分の生徒。対応を間違えたり、周りから変な目で見られたら、教師としての立場どころか人間としての立場も危うくなる。危険と隣り合わせ、ということを思い出し祐樹は頬を叩く。
商店街の入り口に付くとゲームセンターの前のベンチで座っている、小柄な美音の姿が見えた。
実際もう少し近づかないと本人がどうか分からない距離なのだが、それでも祐樹の心はドクンと動いていた。
徐々に近づき美音の顔がはっきり確認できたところで祐樹は声をかけた。
制服に赤いジャージを結んだ、いつもの服装だった。
「向井地さん」
「ん? お! やっと来たぁ」
少し不機嫌な顔で美音は振り向いた。
「あれ? 待ち合わせは12時ですよね?」
「男なら待ち合わせの5分前に来るのが原則! って雑誌に書いてあったぞっ」
手のひらを広げて主張する美音に対して、祐樹は頭を掻いて苦笑いを浮かべた。
「今日は一人なんですか? 加藤さんと一緒に居るかと思いました」
「ああ、ドドブスにはいつも無理して付き合ってもらってるからな。そんなことより早く行こうぜ!」
美音は祐樹の腕をつかみ店内へと誘導した。
「うん」
子供のようにはしゃぐ美音の姿に祐樹の心は再びドクンと動く。
クレーンゲームコーナーに入ると、美音はキョロキョロして気になるゲームを探していた。日曜日だと言うのにゲームセンター内は誰も人が居なかった。
「向井地さんはよく来るんですか?」
「そうだな、週一くらいで遊んでる」
「そんなに!? 相当好きなんですね。」
「ここのゲームはさ、景品がコロコロ変わるんだよ。だから飽きねえで通っちまうんだよな〜」
美音によればここのゲームセンターは規模は小さいがゲームの入れ替えが多いらしい。商店街のゲームセンターといえば大したものが置いてないイメージだったが、ここは大型ゲームセンターに置かれているような新型ゲームが、数は少ないものの置かれていた。美音が通うのも納得だった。
「あ! これにしようぜ!」
美音が興味を示したクレーンゲームには最近流行のアニメキャラクターのぬいぐるみが景品として並べられていた。
「なあ、こういうのってどこを狙えばいいんだ?」
美音が祐樹の方を向く。
「ぬいぐるみはですね」
テクニックと言っても細かいことではない。意外と気付かない、獲りやすい獲り方を知るだけでも随分変わるものなのだ。祐樹は長年の経験でクレーンゲームの盲点のようなものを把握していた。
美音にそのことを教えると1回目は取れなかったものの2回目には簡単に取れてしまった。
「やった! 2回で獲れたの初めてだよ!」
美音は満面の笑みを見せながら跳ねるように小さな身体を動かす。
決して教師の仕事ではないが、教え子が成長するというのはこういう感覚なのか。
祐樹は胸が熱くなっていた。
その成長は著しいもので複数のクレーンゲームを回り、着々と景品を獲っていく。
「よっしゃ、また獲った!」
「向井地さん、かなり上手くなりましたね」
「今までの自分がバカみたいだ、ホント先生のおかげだよ!」
「えっ?」
祐樹は聞き逃さなかった。「先生」という言葉を。
「先生が居なかったらまだ無駄に金をつぎ込むところだったよ、今度ウオノメ達にも自慢してやろっと!」
獲ったぬいぐるみを大事に抱える美音の頭に祐樹の手が伸びた。自分の身体が熱い。茹で上がったかの様に熱い。
「向井地さん……」
そして祐樹は美音の頭を優しく撫でてしまうのだった。